・深き穴底より - 遠い空 -
きっと出られる。
今はピンチだけど、きっと地上にたどり着いて元の生活に戻れる。
そう信じてあたしたちは坑道を上ってきた。
だけどあたしたちは地底からの旅路の果てに、世にもおぞましいものを見つけてしまった……。
「う、嘘……」
「バカな……。こんな、こんな報告は、受けていない……。ああ……なんということを……」
坑道の中に人の家があった。
解体したトロッコや梁を使った間に合わせの家が。
そしてその家の中には、言葉を使わずにあたしへと語りかける者がいた。
『これがお前たちの未来だ』って、骨だけになったしかばねがそう言っていた。
「あ、あの……この人、なんで、こんなところで……」
あたしがそう聞くと、ベルさんは激しい怒りに声を震わせた。
「くっ……我はっ、我はこんな報告は受けていないっっ!!」
「ひゃぁっ?! お、落ち着いて下さいっ、ベルさんっ!?」
「なんとおぞましい……っ、なんという醜い国なのだ!! たかが黄金のために、なんということをっ!!」
ベルさんはあたしのフレイムを使って廃材に火を付けた。
火が燃え上がるとそれを松明にして、さらに奥へと大股で歩き出した。
あたしはそれを追った。
「ぇ……っ」
「やはりそうか……」
そしたらあたしにもベルさんの怒りの理由がわかった。
自分たちの本当の立場も……。
道はそこで終わりになっていた。
土砂が道を塞いでいた。
ツルハシを握ったしかばねたちがそこで力尽きていた。
「小規模の事故が起きたとは聞いている……。だが救助を放棄し坑夫ごと坑道を埋めたなど、我は聞いていない……」
「え!? なにそれ非道いっ、なんでそんなことするのっ!? こんなことして、なんの意味が……っ!?」
「当時の産業大臣には、救助を行った上で坑道を塞いだと聞いた……」
「そんな……こんなことする人が、いるだなんて……」
「黄金に目がくらんだのだ……。黄金の採掘を続けるために、彼らは既に死んでいたことにされたのだろう……」
ショックのあまりにベルさんは両膝を突き、崩れるように頭を抱えてうずくまった。
自分に訪れた残酷な運命よりも、目の前の被害者たちに心を痛めていた。
あたしもなんだか疲れた……。
岩壁を背にしゃがみ込んで、ぼんやりと炎だけを見下ろす。
ホリンに会いたかった。
あたしがいなくなったらホリンは苦しむ。
ホリンは村のみんなに、なんて報告すればいいんだろう。
あたしたちは気力を失い、ただただ呆然と過ごすしかなかった。
『あたしもああなるのかな……』って、怖い骸骨を見ては目をそむけた。
「すまない……ホリンのところに送り届けると、約束したというのに……」
「あはは……さすがに、まずいですね、これは……」
「本当にすまない……。我がお前たちにわがままを言わなければ……」
ベルさんのせいじゃないですよ。
そう言おうとしたのに、どうしてか言葉が出てこなかった。
「我は、愚かな王だ……。兄が、兄がいなくならなければと……そう思わない日はない……」
「お兄さんかぁ、いいなぁ……。あたし、一人っ子だから……。あ、ベルさんのお兄さん、どんな人だったんですか?」
「兄か。兄は強く、賢く、やさしく、公平で、美しく誰からも愛される人だった」
「えーっ!? そんな完璧な人がいるんですかっ!?」
「母が違うというのに、幼き頃から我を可愛がってくれた……」
「へー! ベルさんって、お兄ちゃんっ子だったんですね!」
「兄といっても、物心付いた頃には既に兄は成人していたがな……」
ベルさんは懐かしそうに目を閉じた。
よっぽど大切な人だったのか、ベルさんは思い出に浸った。
段々と、落ち着きを取り戻しているように見えた
「兄と我は名前も似ていてな……。ふっ、兄への恋文が、我に届いたこともあったのだ……」
「それは、ちょっと気まずいですね……」
「ああ、だが今では笑い話だ」
「ベルさんのお兄さん、なんて名前だったんですか? ロ……ロドリゲス、とか?」
「ロランだ。ロラン・サマンサという名の兄だった」
「え……っ? えっ、ええええーーーっっ?!!」
ビックリしちゃって、あたしは大声を上げていた!
自分で自分の耳を塞ぐことになるほど、凄く驚いてしまった!
だって、アッシュヒルで悠々自適に暮らす自由人ロランさんは、ベルさんの言うロラン・サマンサさんの特徴にそっくりなんだもん!!
「コムギ……? 何をそんなに驚いている……?」
「その人っ、その人ってっ、髪の毛がオレンジ色がかったブロンドじゃないですかっ!?」
「うむ、兄のような華やかな髪色に生まれたかったものだ。いっそ同じ母から産まれたかったよ……」
「えと、すごくやさしくて、上品で、気が利いて、メッチャクチャ強い人ですよね……?」
「兄を知っているのか?」
「そりゃ――あ、いや、えっと……」
でもロランさん、サマンサでは自分の話をするなって言っていたんだった……。
じゃあ、言わない方がいいのかな……。
「似顔絵を見ただけです……」
「ああ……。我が継ぐか、兄が継ぐか、この国は一度お家騒動になりかけてな……。我は身を引くつもりだった」
「でも消えたのはロランさ――ロラン王様の方だったんですよね……?」
「うむ、我が身を引く前に、兄の方が姿をくらました。王位をロベール・サマンサに譲ると、誓約と書簡を残してな……」
「そうだったんだ……」
「兄の即位期間を知っているか? 2日間だ……。たった2日で兄はサマンサを内戦の危機から救い、そして人知れず海の彼方へと消えた……」
だからロランさんはアッシュヒルにきた。
誰にも見つからない山奥のアッシュヒルに身を置いている。
でも今でもロラン王を望む人がいる。
防壁で出会った将軍さんは、ロランさんのことを敬愛していたから、ああいう言い方をベルさんにした。
「お前もそういう難しい顔をするのだな……?」
「えーっ、ベルさんって自然体で失礼ですよーっ?!」
「はははっ、お前のおかげで少し元気が出てきたぞ、感謝する」
ロランさんのことを教えてあげたい。
でもそれは、ロランさんやサマンサ王国にとっては困ることなのかもしれない。
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