表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/198

・深き穴底より - 遠い空 -

 きっと出られる。

 今はピンチだけど、きっと地上にたどり着いて元の生活に戻れる。

 そう信じてあたしたちは坑道を上ってきた。


 だけどあたしたちは地底からの旅路の果てに、世にもおぞましいものを見つけてしまった……。


「う、嘘……」

「バカな……。こんな、こんな報告は、受けていない……。ああ……なんということを……」


 坑道の中に人の家があった。

 解体したトロッコや梁を使った間に合わせの家が。


 そしてその家の中には、言葉を使わずにあたしへと語りかける者がいた。

 『これがお前たちの未来だ』って、骨だけになったしかばねがそう言っていた。


「あ、あの……この人、なんで、こんなところで……」


 あたしがそう聞くと、ベルさんは激しい怒りに声を震わせた。


「くっ……我はっ、我はこんな報告は受けていないっっ!!」


「ひゃぁっ?! お、落ち着いて下さいっ、ベルさんっ!?」

「なんとおぞましい……っ、なんという醜い国なのだ!! たかが黄金のために、なんということをっ!!」


 ベルさんはあたしのフレイムを使って廃材に火を付けた。

 火が燃え上がるとそれを松明にして、さらに奥へと大股で歩き出した。


 あたしはそれを追った。


「ぇ……っ」

「やはりそうか……」


 そしたらあたしにもベルさんの怒りの理由がわかった。

 自分たちの本当の立場も……。


 道はそこで終わりになっていた。

 土砂が道を塞いでいた。


 ツルハシを握ったしかばねたちがそこで力尽きていた。


「小規模の事故が起きたとは聞いている……。だが救助を放棄し坑夫ごと坑道を埋めたなど、我は聞いていない……」

「え!? なにそれ非道いっ、なんでそんなことするのっ!? こんなことして、なんの意味が……っ!?」


「当時の産業大臣には、救助を行った上で坑道を塞いだと聞いた……」

「そんな……こんなことする人が、いるだなんて……」


「黄金に目がくらんだのだ……。黄金の採掘を続けるために、彼らは既に死んでいたことにされたのだろう……」


 ショックのあまりにベルさんは両膝を突き、崩れるように頭を抱えてうずくまった。

 自分に訪れた残酷な運命よりも、目の前の被害者たちに心を痛めていた。


 あたしもなんだか疲れた……。

 岩壁を背にしゃがみ込んで、ぼんやりと炎だけを見下ろす。


 ホリンに会いたかった。

 あたしがいなくなったらホリンは苦しむ。

 ホリンは村のみんなに、なんて報告すればいいんだろう。


 あたしたちは気力を失い、ただただ呆然と過ごすしかなかった。

 『あたしもああなるのかな……』って、怖い骸骨を見ては目をそむけた。


「すまない……ホリンのところに送り届けると、約束したというのに……」

「あはは……さすがに、まずいですね、これは……」


「本当にすまない……。我がお前たちにわがままを言わなければ……」


 ベルさんのせいじゃないですよ。

 そう言おうとしたのに、どうしてか言葉が出てこなかった。


「我は、愚かな王だ……。兄が、兄がいなくならなければと……そう思わない日はない……」

「お兄さんかぁ、いいなぁ……。あたし、一人っ子だから……。あ、ベルさんのお兄さん、どんな人だったんですか?」


「兄か。兄は強く、賢く、やさしく、公平で、美しく誰からも愛される人だった」

「えーっ!? そんな完璧な人がいるんですかっ!?」


「母が違うというのに、幼き頃から我を可愛がってくれた……」

「へー! ベルさんって、お兄ちゃんっ子だったんですね!」


「兄といっても、物心付いた頃には既に兄は成人していたがな……」


 ベルさんは懐かしそうに目を閉じた。

 よっぽど大切な人だったのか、ベルさんは思い出に浸った。


 段々と、落ち着きを取り戻しているように見えた


「兄と我は名前も似ていてな……。ふっ、兄への恋文が、我に届いたこともあったのだ……」

「それは、ちょっと気まずいですね……」


「ああ、だが今では笑い話だ」

「ベルさんのお兄さん、なんて名前だったんですか? ロ……ロドリゲス、とか?」


「ロランだ。ロラン・サマンサという名の兄だった」

「え……っ? えっ、ええええーーーっっ?!!」


 ビックリしちゃって、あたしは大声を上げていた!

 自分で自分の耳を塞ぐことになるほど、凄く驚いてしまった!


 だって、アッシュヒルで悠々自適に暮らす自由人ロランさんは、ベルさんの言うロラン・サマンサさんの特徴にそっくりなんだもん!!


「コムギ……? 何をそんなに驚いている……?」

「その人っ、その人ってっ、髪の毛がオレンジ色がかったブロンドじゃないですかっ!?」


「うむ、兄のような華やかな髪色に生まれたかったものだ。いっそ同じ母から産まれたかったよ……」

「えと、すごくやさしくて、上品で、気が利いて、メッチャクチャ強い人ですよね……?」


「兄を知っているのか?」

「そりゃ――あ、いや、えっと……」


 でもロランさん、サマンサでは自分の話をするなって言っていたんだった……。

 じゃあ、言わない方がいいのかな……。


「似顔絵を見ただけです……」

「ああ……。我が継ぐか、兄が継ぐか、この国は一度お家騒動になりかけてな……。我は身を引くつもりだった」


「でも消えたのはロランさ――ロラン王様の方だったんですよね……?」

「うむ、我が身を引く前に、兄の方が姿をくらました。王位をロベール・サマンサに譲ると、誓約と書簡を残してな……」


「そうだったんだ……」

「兄の即位期間を知っているか? 2日間だ……。たった2日で兄はサマンサを内戦の危機から救い、そして人知れず海の彼方へと消えた……」


 だからロランさんはアッシュヒルにきた。

 誰にも見つからない山奥のアッシュヒルに身を置いている。


 でも今でもロラン王を望む人がいる。

 防壁で出会った将軍さんは、ロランさんのことを敬愛していたから、ああいう言い方をベルさんにした。


「お前もそういう難しい顔をするのだな……?」

「えーっ、ベルさんって自然体で失礼ですよーっ?!」


「はははっ、お前のおかげで少し元気が出てきたぞ、感謝する」


 ロランさんのことを教えてあげたい。

 でもそれは、ロランさんやサマンサ王国にとっては困ることなのかもしれない。


もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ