・深き穴底より - 王家のチョコクッキー -
しばらく進むと、あたしたちは小さな池を見つけた。
喉が乾いていたけれど……。
「飲まぬ方がいい。毒ガスが吹き出す鉱山だ」
「ですよねー……」
「我の場合は自業自得だな……」
ダメだとわかってるけど希望を信じて、あたしは水を鑑定してみた。
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【廃鉱山のおいしい水】
【特性】[硬水][無毒][ミネラル豊富]
【LV】5
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あ、案外飲める……。
飲めるとわかったからには、あたしは池に近付き水を口に運んだ。
「何をやっているっ、吐け!! 死ぬぞ!!」
「大丈夫です。なんかあたし、物を鑑定する不思議な力を持っているんです」
「な、なんだと……? それはもしや、宝を見つけ出すあの力と同じものなのか……?」
「はい、ある人に貰っちゃいました」
ベルさんはあたしを信じてくれた。
恐る恐るだけど池に近付いて、臭いをかいで、水を口に運んだ。
「美味い……。こんなに美味い水は生まれて初めてだ……」
「ふふ、そうかもしれません。んしょんしょ……」
「コムギ、そんなところで何をしている……?」
「はい、あたし思い付いたんです」
「何をだ……?」
「お水も見つかりましたし、これで材料は揃いました」
「材料、だと……?」
「今からパンを焼きましょう!」
平たい石を見つけたので、水で表面を洗った。
その上に小麦粉を盛って、真ん中を陥没させて、そこに水を加えた。
「板チョコ、でしたっけ? 持ってきてくれますか?」
「パンに加えるのか。うむ、悪くない」
「パンって言うよりほとんどクッキーですけどね……」
生地をこねて、ある程度形になると、フレイムの魔法でベルさんの持つチョコをあぶった。
チョコが融けて生地の上に落ちてゆく。
「そのくらいで大丈夫です」
「チョコクッキーなら我も好きだ。楽しみだな……」
「いえ、これは食べません」
「な、何……っ?」
こねてこねて、整形した。
硬くしたいからこねる回数はほどほどにして、それを剣の形に伸ばしていった。
「コムギ……」
「はい、なんですかー?」
「お前は何をしているのだ……?」
「剣です! パンで剣を作ってます!」
「なっ……。待て、気でも触れたかっっ?!」
「いいえ正気です!」
剣の整形が済むと、あたしはもう1つ別のパン――
ううん、普通のクッキー生地を作った。
「そっちはなんだ……?」
「食べる用です!」
開き直ってクッキーの形にした。
それからフレイムの魔法で調理場にしていた平たい石を焼いた。
その上にチョコクッキーとチョコクッキーソードを乗せた。
後は焼き上がりを待つだけ! 楽しみ!
「クッキーで剣を作るなど聞いたことがない……。それに、すぐに折れてしまわないか……?」
「あたしも最初はそう思いました。でも前に作ったときは、鉄格子も斬れちゃったんですよ」
「クッキーで、鉄を、か……?」
「はいっ! パンもクッキーもがんばれば、鉄だって斬れるんです!」
クッキーがいい匂いになってきた。
火が通りやすいように薄く整形したそれをひっくり返した。
ついでにチョコクッキーソードの方も!
焼きにくいからツバの制作は諦めた!
「はい、どうぞ。熱くて硬いから気を付けて下さいね~」
「あ、ああ……。むっ、か、硬いぞ……」
「硬いですね……。そうだ、お水でふやかしましょう」
水にちょいと付けても硬いままだった。
食べられなくもない。
でもなかなか減らないチョコクッキーだった。
味は――空きっ腹にすごく効く!
「この硬度ならば、あるいは……」
「美味しいですね! やっぱりチョコと小麦粉って合いますね!」
「剣の焼き上がりはまだか?」
「食べ終わった頃にはきっとちょうどいいですよ」
やけに静かにベルさんはクッキーをかじった。
意外に美味しかったみたいで笑っていた。
「下らんことで悩んでいるのが、バカらしくなってきた……。美味い……食えた硬さではないが、美味いぞ」
「よかった! 元気を付けて、一緒に脱出しましょうね!」
「ああ、そうしよう。だが1つだけ質問がある」
「なんですかー?」
「君は何者なのだ?」
「田舎のパン屋さんです!」
バシッと答えたら、ベルさんに大笑いされた。
どこが面白かったかわからないけど、元気そうでよかった!
・
チョコクッキーソードが焼けた!
ベルさんはそれを握って、硬度や強度を確かめてうなづいた。
凄い速さで素振りを始めて、満足した様子だった。
「本当に鉄ですら斬れてしまいそうだ」
「そろそろ行きますか?」
「そうしよう!」
ベルさんと一緒にまた坑道を進んだ。
どんなに深くてももうちょっとで地上のはずだった。
「ふむ……小さいが、さっきの怪物に似ているな」
「に、逃げますか……?」
だけどさっきの緑のオーラをまとった骸骨とそっくりの怪物が、あたしたちの前に現れた!
「いけるかもしれん……」
「え、根拠は……っ?! さっきは手も足も出なかったじゃないですかーっ!?」
「この剣には、何か特別な物を感じる……。まるで、兄が持ち去った本物の王家の剣のような……」
「ただのクッキーですっ!! 逃げましょうよーっ!?」
「援護しろ、コムギ!」
「わあああーっっ?!」
前に出ずにはいられないベルさんを、あたしは後ろからフレイムで援護した。
小ぶりなタイプだからか、この骸骨にはちゃんとフレイムが効いていた!
「いけるっ!! 見ていろ、コムギ!!」
一太刀振るうと、怪物の腕骨が吹っ飛んでいた!
切断された部分からは緑のオーラが消滅して、斬れば斬るほど敵は小さくなっていった。
「なんと凄まじい名剣だ! これでは王家の剣がオモチャも同然ではないか……!」
ベルさんは最後に頭を真っ二つにした。
すると怪物から緑のオーラが消滅して動かなくなっていた。
「素晴らしい!! これをサマンサ王家の新たな剣としよう!!」
「わぁぁ……つよーい……。パンじゃないみたい……。あ、クッキーだけど……」
今ここに、最強のクッキーであり、パンであり、剣ではある何かが誕生していた。
チョコクッキーソードを掲げて薄笑いを浮かべるベルさんの姿は、カッコイイけどちょっとシュールだった……。