・深き穴底より - 金鉱山に眠る災厄 -
出口を探して少しまた歩いた。
だんだんベルさんは無口になっていって、あたしもなんだか不安になってしまった。
「どうしたんですか?」
ベルさんは立ち止まり、冷たい壁に手を突いて凄く難しい顔をした。
なんか焦っているように見えた。
「いくら進んでも人の痕跡がない……」
「逆方向だったってことですか?」
「いや、方角はあっている。だがこれだけ進んでも最近の採掘の跡がないとなると」
「なると?」
震えるようなため息を吐いて、ベルさんは言った。
「ここは、旧坑道だ……」
「それだと何かまずいんですか?」
「旧坑道は放棄された危険な坑道だ」
「大丈夫ですよ。毒ガスはともかく、モンスターなら2人でやっつけられますし、無事に切り抜けられますよ!」
「……そうだな。ああ、なんと頼もしい女性だ……」
ベルさんの青い顔に血色と余裕が戻った。
ベルさんはまた歩き出して、あたしはその後ろを進んだ。
さっきからずっと、ペースをあたしに合わせてくれていた。
「あの、でもなんであの人たち、こんなことしたんでしょうか?」
「それならば既に推理が付いている。恐らくは、坑道に関わる者の復讐だろう」
「復讐されるようなこと、したんですか……?」
「した」
「ええーーっっ?!」
驚くあたしをベルさんは笑った。
え、冗談……?
「我は危険を承知で金を掘らせている。現在もそうだ、年間で200人の坑夫が死んでいる」
「そ、そんなに……?」
「だが死体の山を築こうとも、金の輸出で得られる効益の方が圧倒的に大きい」
あ、そっか……。
これって、攻略本さんが教えてくれた話だ……。
でももし、攻略本さんが言うとおり、歴史を変える力があたしたちにあるのなら……。
物語のストーリーを壊してでも、未来を伝えるべき……?
いつも相談に乗ってくれる攻略本さんは、今は隣にいない……。
自分で考えなきゃ……。
「金の採掘を止めても、続けても、民や諸侯は我に文句を言うだろう。誰も彼も黄金に目がくらんでいるのだ、この国は……」
あたしの結論は――
『アッシュヒルを滅ぼすようなストーリーのあらすじなんて、壊れちゃえばいい!』だ!
「あたしは金の採掘を止めるべきだと思います」
「無理だ……」
「無理でも止めなきゃ大変なことになりますよ。いつか坑道の奥から、あたしたちには手が付けられない、最悪の怪物が現れるんです」
攻略本さんは言っていた。
金鉱山には、決して掘り返してはいけない物が眠っていたんだって。
「なんだそれは……?」
「アッテール金鉱山には、禁断の秘宝が眠っている。それがさらなる災厄を引き起こすんです」
あたしは攻略本さんに教わった話を、よくわかってないけどそのまま伝えた。
「ある学者が言っていたな……。金鉱山には、モンスターと毒ガスの発生源となる何かが存在すると……」
「えっと、そうです! たぶんそれが、禁断の秘宝です! きっと……」
ああーもうっ、攻略本さんをホリンに預けるんじゃなかったーっ!
あたしには難しい話とか無理!
「そうか、では注視するとしよう。しかし、金の採掘だけはやはり止められない」
「ダメですか……?」
「王位を譲ってくれた兄王の代わりに、我は結果を出し続けなければならない。黄金がもたらす富でこの国を発展させれば、兄も満足だろう」
物語のあらすじはあたしの言葉では変わらなかった。
黄金がもたらす富がベルさんたちを縛り付けていた。
・
だけどあたしたちは出会ってしまった。
掘り返してはいけない『災厄』と。
坑道を進んで行くと道は少しずつ上り坂になっていった。
とても広い空洞に出たのはいいけれど、道が二つに枝分かれして、どっちに行こうか迷っていた矢先だった。
「ヤツがお前の言う災厄か?」
「わ、わからないです……」
左手の坑道の先に、上半身だけの巨大なドクロがいた。
まるで大巨人の骨みたいなのが、全身に緑色のオーラをまとっている。
あたしたちの方へと、うめき声を漏らしながらはいずっていた。
「我が時間を稼ぐ。お前はあちらの坑道に入れ」
「ベルさんは……?」
「ふん……お前のような清らかな心を持った女性に、怪我などさせられん。到達したら離脱を援護してくれ」
「わかりました、助け合いですね……!」
なんなんだろう、あの怪物……。
地底の底にあんなに大きなのが眠ってるなんて、この鉱山は普通じゃない!
「ホリンが羨ましい……」
「え……?」
「我の周囲にお前のような女はいなかった」
ベルさんが勇敢に災厄に突っ込んだ!
あたしはフレイムで明かりの援護をしてから、言われた通りに奥の空洞に走った。
剣と骨がぶつかる音が聞こえた。
それでも走って、目標ポイントにたどり着くと、災厄にフレイムの魔法を放った!
全然効いていない!
「チッ……離脱の援護を!」
「はいっ、走って下さい!」
フレイムを連発してベルさんをサポートした。
長い腕がベルさんを掴みそうになったところに、フレイムを投げつけて攻撃を妨害した。
あたしたちがどうにか坑道の奥に逃げ込むと、災厄は呪うようなうめき声を上げた。
あたしたちはさらに距離を取り、暴れる心臓を暗闇の中で落ち着かせた……。
「すみません……魔法、撃ちすぎて、疲れちゃいました……」
「構わん、今は何も見たくない気分だ……」
「なんだったんですか、あれ……」
「あれがお前の言う災厄ではないのか……?」
「知りません、わからないです……はぁぁ、怖かった……」
闇の中、あたしたちは身を寄せ合って休んだ。
地上に帰りたいと願っても、現実の居場所は怖ろしい廃坑道のままだった。
しばらく休むと心臓が落ち着いてきた。
やっと元気が出てきたので、あたしはフレイムでまた辺りを照らした。
するとベルさんがそこにあったツルハシを取りに行った。
「あれ、ベルさんの剣は……?」
「ヤツに弾き飛ばされた。あの剣は諦めるしかない」
「え……まずくないですか、それ……?」
「うむ、生還率がだいぶ落ちたな。だがお前だけは必ず地上に送り届ける。これは国内の問題だ、外国人を巻き込むことなど許されない」
「ベルさん……。わかりました、頼りにしてますね、ベルさん」
「任せよ」
この先に地上への道がある。
そう信じてあたしたちはまた坑道を歩き出した。