・深き穴底より - うわパン屋強い -
少し歩くと、新しい不安があたしたちを襲った。
それは痕跡の少なさ。
最近誰かがここに入ったような跡がどこにも見当たらなかった……。
棄てられたつるはしが真っ赤に錆びている。
トロッコには埃が積もり、ここにある大半の木材が腐りかけていた。
よくない……。
これって絶対よくない兆候だよね……。
「ひっ……?!」
「どうした、何かいたか?」
「い、いえ……ちょっと壁の色合いがドクロに見えただけで……。はぁ、ビックリした……」
鉱山で働く人たちって、こんな怖い場所で仕事をしているの……?
青と黄色が入り乱れる壁は、まるで地獄に続いているかのようにすら見えた……。
たかが黄金のために、なんで人はこんな怖いところに入るんだろう……。
「かわいいところもあるのだな……」
「えーっ!? なんかその言い方、微妙に引っかかりがないですかーっ!?」
「感想を述べたまでだ、悪意はない」
「本当ですかー……?」
「うむ。女性に魅力を感じたのは、ずいぶんと久しぶりのことだ」
「魅力……はいっ、それならいいです! それならバッチリですね!」
ベルさんとおしゃべりしたらちょっと元気が出てきた。
あたしってベルさんに好かれているんだって、今わかったし!
王様にかわいいって褒められることって、そうそうないよね!
あ、でも……。
「あの、ベルさん……? 女の人、そんなに苦手なんですか……?」
「う、うむ……」
「触ったときも震えてましたよね? どうしてですか?」
ベルさんは背中を向けたまま振り返らない。
答えたくないのか、そのまま黙り込んでしまった。
「謁見、書類仕事、会議、会食……。政務に疲れ果てて私室に戻ると、ベッドの中で女が裸で我を待ちかまえている……」
「へ……っ? う、うわ……っ」
「皆、王妃の座が欲しいのだ」
「それは、うん、なんか嫌かも……」
「母も苦手だ……。我が母は宮廷の毒蛇だ……」
「ど、毒蛇って……。でも、なんだかわかった気がします……」
「念のため断っておくが、だからといって男が好きというわけでは――む」
だけどその時、ベルさんが急に立ち止まった。
腰の剣に手をかけて、黙れとあたしの顔に手のひらを近付けた。
「我が片付ける。お前はその術で辺りを明るく照らしてくれ」
「モンスターですか?」
「うむ……」
「明かりは真ん中のあそこに置きますね。あと、あたしもやっつけます」
「な、何……っ?」
「一緒にやっつけましょう」
通路の先は部屋のように広くなっていた。
あたしはそこにフレイムの魔法を投げ付けて、部屋を明るく照らした。
剣を持った骸骨がいた!
緑色に透けるお化けがいた!
おっきなミミズがいた!
「くっ……ならばグリーンゴーストはお前に任せる、通路から射撃しろ!」
「はい!」
ベルさんの後を追って前進した。
骸骨の剣士にベルさんは飛び込んでいって、剣を打ち合って、相手の頭を叩き飛ばした。
緑色の幽霊さんはあたしのフレイムで一発だった!
「んなっ……グリーンゴーストを、一撃、だと……?」
「見た目は怖いけど、全然弱いですね!」
「い、いや……まあいいっ、全て片付けるぞ!」
緑色の幽霊さんは4匹いた。
あたしは全部やっつけた。
手が余ったので、骸骨剣士さんにもフレイムを投げた。
骸骨さんも炎に弱いのかも……。
一発だった!
「強い、な……」
「そうですかー? アッシュヒルはもっともっと強い人でいっぱいですよ。あたしはただのパン屋ですし」
「どんな村だ……」
「自慢の村です! みーんなっ、良い人ばかりの村なんです!」
大きなミミズはベルさんに斬られて逃げていった。
見た目は気持ち悪いけど、なんか可哀想になった……。
「さぞ恐ろしい魔物に囲まれた村なのだな……」
「そんなことないです、平和な村ですよ」
今だけは……。
「待て、魔法使いが前に出るな!」
「でも明かりを持ったあたしの方が――」
「ホリンのやつが苦労するわけだ……。下がれ……」
ベルさんは先頭じゃないと気が済まないのかも。
しょうがないし、前を譲ってあげた。