異世界魔法設計部
異世界といえば魔法は付き物。時にスキルとも呼ばれるそれは、チート級とも揶揄されるような絶大な効果を持つ。
今日はその異世界魔法が作られるところを見てみよう。
◇◆◇
異世界魔法の設計を丸投げ……いや任されたセッケイは激怒していた。
「だからあれほど曖昧なまま話を進めず、一旦相談しろと言ったんだぁぁぁあああ!!!!!」
それに相対するエイギョウはへらへらと笑っていた。
「だぁいじょうぶだって。セッケイの腕の見せどころじゃん、期待してるよ〜」
エイギョウは力瘤を作ってポンポンと叩いてみせた。ばちこんと決めたウィンクがセッケイの神経を逆撫でするが、エイギョウは気がついているのかいないのか。
「オレが腕を見せなくても、気持ちよーく設計できるようにするのがオマエの仕事だっていうのに……」
セッケイはぶつぶつ呟きながら、エイギョウが持ってきた資料に再度目を落とした。
そこには「特急」と書かれた赤インクのゴム印がデカデカと押されていた。
「これは……オマエのミスによってまた犠牲者が出たということだな?」
「えぇーもう確定事項みたいな言い方じゃん。セッケイ、ひっどーい」
エイギョウのおちゃらけた態度にセッケイは確信を得て、資料を読み進める。
「へぇ、ふぅん。チートスキルをねぇ……。最近の子は間違って連れて来ちゃってもこういうの渡せば水に流してくれて、オマエは仕事しやすいだろうな」
「セッケイがそれゆう〜?」
「うるさい。昔の話をしようとするな」
「もー照れちゃってぇ」
心底楽しそうなエイギョウを睨みつけて、セッケイは再び資料に集中する。
「「アイテムボックス」……最近の流行りなのか? 誰も彼もこれ要求してくるな。まぁオレとしては使い回しが効いていいんだけど」
「アイテムボックス」――いわゆる容量制限のない収納のことだ。鞄の形状を取ることもあるが、最近は亜空間に収納して、身に付ける装備を最小限にするのが流行らしい。
――これの設計も大変だった。無制限の部分は充分に大きければ、実のところ有限だと気付かれることはなかったが、「なんでも」収納できるというのが曖昧で、あらゆる可能性を考えなければならなかった。
例えば本当になんでも無制限に入るなら、目に入るものを片っ端から詰め込んで、世界まるごとを収納してしまうことも理論上可能だ。
最終的にはある程度想定される物品を列挙して、そこにあるものを指定された量だけ収納できるという裏仕様で納めることになった。
途方もなく大きな有限は無限と認識してしまう――「アイテムボックス」にキャッチコピーをつけるならこれだ。
「えーっと、次が「経験値100倍」……そうそう、こういうのでいいんだよ」
「経験値◯倍」――これも最近の流行だ。モノによっては10倍だったり1000倍だったりするが、基本構造は同じだ。何をどうするのかが一目でわかる魔法やスキルが、セッケイは好きだった。
特に内部パラメータを弄る系は、後処理がしっかりしていれば設計が簡単だった。気を付けなければいけないところは、値の取得元と格納先の最大値。
値の取得元は明言されている通り経験値で、これは容易に参照できる。値の格納先については、経験値の場合ほとんどすべてのステータスに影響するので、影響範囲の調査こそ必要になるが、前述の通りもっと高い倍率のものを実装したことがあるので、それほど大変ではないだろう。
「次は――「鑑定」。これもいつのまにか市民権を得ていたな。そんなにいいかね、これ」
セッケイは理解できないな、と呟いた。エイギョウが知りたいって素敵な事じゃん、とフォローする。
「鑑定」――物品の価値や秘められた機能を一目で把握できるスキルだ。これについては、セッケイに言わせれば「もともと存在するデータの参照と表示だけだから、デフォルトで実装しておけばいいのに」とのことだ。
「……お、今回は4つか。意外と少な――」
資料をめくるセッケイの手が止まった。資料を持つ手が怒りでワナワナと震える。エイギョウはヤベッという顔をした。
「エイギョウ、テメェ……」
「や、や、ごめん、ごめんて! それはオレもさぁ、ちょーっとまずいかなって思ったんだけどぉ」
「創造」――資料にはそう書かれていた。
「こんなっ! スキル名から何ひとつとして具体的な内容が想像できないスキル……ッ!」
セッケイは咽び泣いた。
――しかも資料に書かれているのはスキル名だけじゃないか。セッケイはこの事実を受け止めきれず、がくりと膝を折り、地面に這いつくばった。
その様子を見て、エイギョウも流石にまずいと思ったのか、バツが悪そうにしている。
「……仮に、仮にだ。このスキルを「万物を作成できるスキル」としよう」
ゆらり、とセッケイは立ち上がった。顔には暗い影が落ちている。
「その万物には当然、剣や杖のような目に見える物品が含まれるよな。では生物は? 火のような自然現象も含まれるだろう。そもそも目に見える物とは限らない。友情や愛情のような感情、倫理観といった概念……そんなものが作成できるとしたら、そいつはなんだ? 俺たちをも超えてるじゃないか!!!!!」
セッケイは咆哮した。
「創造神気取りなのか!? 第一そんな軽率短慮な人間に渡していい能力なわけがない! 魔法によって自分が他者に影響する、その意味を考えたことなんてないだろう!! そりゃそうさ、考えているなら短絡的に「スキル「創造」をください」なんて言えるもんか!!!!!」
セッケイは叫び続けた。浅はかなすべての魔法、すべてのスキルに怒りをぶつけるように。ご丁寧にも「スキル「創造」をください」のところは声真似とフリ付きだった。
エイギョウは引いていた。
「えーっと、終わった?」
「あぁ!?」
「うん、セッケイ。ちょっと一旦落ち着いてほしいかも」
セッケイは舌打ちして近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。エイギョウはあははと空笑いした。
「見て来たみたいに似てたよ、スキルくださいのくだりのところ」
「じゃあそのオレのモノマネ御本家様は、いったいどういうつもりでこんなスキルをご要望なんだ? オマエもこのスキルのやばさはわかるだろ。なんで了承しちまったんだ?」
エイギョウは目を泳がせた。
「いや、ちょっとその、オレのどーしようもないミスというか。人選が悪かったというか」
「はっきり言え」
「経験者だったんだよね。異世界転生の。だからさ、こういうのに慣れてた」
セッケイは絶句した。それと同時に納得もした。
「以前の経験から、より条件の緩いものを選んだのか」
「そういうことみたい。一回目はあんまりいいの思いつかなかったって」
エイギョウは肩を落とした。
「そもそも複数回転生できるなんてことあるのか?」
「さぁ……。聞いたことないけど、できちゃったし。たぶんオレみたいなのが間違えて連れて行っちゃえばあるんじゃない?」
セッケイは深くため息を着いた。
「もう起こったことは仕方ない……。「創造」、できる限りのことはする」
「ごめんね」
「謝るな、鬱陶しい」
黙々と作業を進めるセッケイを、エイギョウは何をするわけでもなくぼぅっと眺めていた。
「もらったスキル、気に入らなかったんだってー……」
エイギョウは先程までの調子とは打って変わって、低い声で言った。セッケイはチラッとエイギョウのほうを見て、またすぐに資料に目線を落とす。
「そういうこともあるだろ」
「……んー。セッケイはもしもう一度異世界転生できるって、好きな魔法とかスキルとかもらえるとしたら、転生したい?」
セッケイはピタリと手を止めた。眉間を指で押さえて、大きく息を吐く。
「馬鹿だろオマエ」
「スキル「論理的思考」の見せ所だねぇ」
セッケイはわざと音を立てて貧乏ゆすりした。
エイギョウは楽しそうに笑う。そう、エイギョウはいつも楽しそうで前向きなのだ。小さな事でも大きな事でも、深く考え込んだり落ち込んだり、後ろ向きになったりすることはない。
「これだからスキル「プラス思考」持ちは」
セッケイは忌々しげに吐き捨てた。エイギョウにダメージはなかった。
「それで、スキル「創造」はどうするの? できそう?」
「うん? あぁ……まぁ「アイテムボックス」に入るものだけ創造できるっていう制限を付ければなんとかな。そもそも概念まで作れると思ってないだろ」
セッケイは内心、「アイテムボックス」のリストを流用できるなら管理が簡単だなと思っていた。エイギョウは感心したように「へぇ〜」を連発した。
「と、まぁ「創造」は名前に反して制約が多いスキルになりそうだな。エイギョウ、オマエ上手いこと言って言いくるめろよ」
セッケイは書き上げた書類をエイギョウに押し付けるように渡した。
「あはは。セッケイは悪だなぁ。りょーかいりょーかい」
エイギョウはひらひらと手を振り、部屋を後にする。これから異世界転生者に望む魔法とスキルを与えて、下界に送り出すために。
◇◆◇
異世界魔法の作成風景はいかがだっただろうか?
ふとした拍子に発見される魔法の隙は誰かの考慮不足、スキルの妙な制約は誰かの苦肉の策――なのかもしれない。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想などいただけると大変励みになります。感想には必ず返信します。