1発目 忠誠を誓いなさい
『――私に忠誠を誓い、跪きなさい』
眼前の美少女はそう、言い放つ。
どうしてこうなってしまったのだろうか?どうして俺はいつも運が悪いのだろうか?
日頃の行いが悪いから?いやいや、それだったら悪友であるあの馬鹿の方がよっぽど悪い。
クソ、と毒づきながら俺は今日の出来事を思い返した。
なんでこんなことになってしまったのかを……。
「お兄ちゃん、起きてよぉ」
朝、布団の中で睡眠を貪る俺を起こそうとする声。どうやら妹のようだ。
「お兄ちゃんってばぁ」
妹よ、放っておいてくれ。兄はまだ眠――ちょっと待て。妹、だと?
「もう!起きないならチューして起こすもん」
「やめろ変態」
俺を起こしている声が妹のものではないことを確信し、飛び起きる。
いや、それ以前に俺には妹などはいないのだ。つまり、こいつは……。
「架空の妹」
「……そんなわけないだろ、タツ」
小学校以来の悪友、西垣辰。
幼馴染み。男。幼馴染みなのに男。イケメンなのかと言われれば、お世辞でも言えないようなキモメン。臭いはなんていうか、ゴミ寄りだし、髪の毛はなんか円形的な感じで抜けてきている気がする。趣味は18歳でもないのに、ア○ゾンで購入したPCゲーム。特技はマンガやゲームのセリフを覚えること。もうダメ人間の塊みたいなやつだ。
「モノローグで俺のこと、めちゃめちゃ酷く言いましたよね!?これはあれですか、虐めですね、わかります!?」
「朝からキモいことしてくっからだ」
正直、あのままチューされたらと思うと……あ、やばい。鳥肌が立ちすぎて鳥になりそう。
だいたい俺の初めての唇は断じて男の、ましてやこの馬鹿に捧げるつもりはない!
「何だよー。遼太郎が妹萌えだって言うから昨日から研究してきたってのにさ」
「ありがとうございました、とでも言ってほしいのか?」
研究って18歳未満購入禁止のPCゲームやっただけだろ。
「最近あれだよなー、冷たいよなー遼太郎」
「最近の自分を見つめ直せ」
「幼馴染みの俺が毎朝、起こしに来るようになったことか?あぁ、お前ツンデレ――ぐはぁっ!」
「なわけ、あるかよ!」
自分でもビックリするほど見事、タツの顔面にパンチがクリティカルした。
「忠誠を誓えって、この私が言ってるんだけど?」
俺の馬鹿!思い出すのは今日の朝のことじゃなくて、ほんの少し前のことだよ。
「あ、三村くん。バイバイ、気をつけて帰ってね」
この霞ノ丘高校に入学して、2週間ほどが経ち、クラスの連中とも打ち解けてきた。
俺にさよならの挨拶をして来たのは、今年の新入生で一番可愛いと言われている"藍川茉莉"。すでに学園のアイドル的存在となっているクラスメイトだ。
「あー、うん。藍川も気をつけて帰るようにな」
「えへへ。わかりました」
くっ。なんて美少女……なんて眩しい笑顔。本当に3次元か?
挨拶を済ませて俺は教室を出る。すると1人の男子生徒が藍川に話しかけていた。
「あ、藍川さん……体育館裏に……一緒に来てもらえないでしょうか?」
「え?いいけど、ここじゃダメ?」
「だ、ダメです!」
……ニヤリ。
別に何か期待してるとかないですから。ただ俺は体育館館裏に忘れ物しただけですから。たまたま見ちゃうことはあるかもしれませんけどね。
「す、好きです!僕と付き合ってもらえませんか!?」
期待通り!!……とか、思ってませんからね。一応、言っておくけど。
「えーと、ご、ごめんなさい。気持ちは凄く嬉しいよ。でも、まだ私たち知り合ったばっかりだし、もっとお互いを知るべきだと思うの。それに――」
次々と断り文句を繰り出すアイドル藍川。だんだんと男子生徒の顔が暗くなっていくのがよく分かる。
「あ……こ、こちらこそ迷惑をかけました……すいません、忘れてください」
そう言って男子生徒は走り去る。今時珍しい僕っ子だったな。君は次の恋愛を見つけなさい。
まぁ茂みから覗き見なんて趣味もよくないし、俺もここから立ち去るか。
ぷふぁー
ん?
「ったく。たかが告白で体育館の裏まで来させんじゃないわよ」
…………。
………………。
……………………何も見なかったことにする。学園のアイドルがマイルド○ブン吸ってるとかありえないもん。
これは夢これは夢これは夢!
そして俺は、足を草に取られ、盛大に転んだ。
そして今。俺の眼前の美少女が学園のアイドルである藍川茉莉だと認識せざるを得ないことを思い出した。
「三村遼太郎……アンタは私の下僕となるのよ」
しかし学園のアイドルの顔はどこにもなかった。