二人の珍客
「明日からユニコーンに乗れなくなるのね…」
ミレアは恥じらいながら、アストに言った。
アストはどう返事を返そうか、戸惑いを隠す事が出来ず、沈黙だけが教会内に残った。
ミレアの言った一角白馬とは、汚れなき乙女、つまり処女だけに背中を預ける。
ユニコーンに乗れなくなる…、それは大人の女性への第一歩である。
陽も暮れ、暗闇の中明かりをさすのは、夜空の星々と、龍地球の頭部だったと伝えられる月、そして二人を照らす部屋のランタンのあかりだけだった。
「すまない」
アストはユニコーンに乗れなくなる妻に謝罪した。
「いえ、そういうつもりでなく……」
ミレアは慌てて否定した。
「ア、アスト様を心から愛してます、でも……」
「でも?」
アストはミレアの言葉を遮った。
ミレアはアストを見つめ、「でも、正直に言って怖いのです」と、答えた。
「誰でも怖いさ」
アストは戸惑いながら答え、ミレアを見つめる。
「私が私じゃなくなるような……」
ミレアの言葉は、突然にしてふさがった。
アストが唇を奪った為に…。
しかし、重なり合う唇は、すぐに離れた。
教会の扉を叩く何者かによって。
「誰だっ!」
アストは扉に向かって叫んだ。
「すんません~。一晩だけここに留めてくれませんか?」
玄関口から頼りなさそうな男の声がした。
アストは剣を片手に持ち、扉の前に立つ。
「すまないが、今夜は無理なんだ」
アストは扉の向こうの男に申し訳なく答えた。
「頼みます!嵐が来るんです~」
男の声は今にも泣きだしそうだ。
アストは懸念した。
窓から移る夜空には、雲ひとつない。
それどころか風ひとつない心地良い夜だからだ。
「貴様、賊か?」
アストは怒鳴り、握っていた剣に力をいれた。
「違います、あっしには天気を予知する能力があるんです」
男は訳の解らない言い訳を口にした。
このままではラチがあかない。
賊ならば何人いるか解らないが、おちおち一夜も過ごせない。
ましてやミレアに危険があるやもしれない。
アストはミレアに奥に隠れるように指示をし、剣を構え直す。
例え何人何十人いようが、アストには負ける気がしなかった。
そしてアストは勢いよく、扉を開けた。
男は勢いよく開けた扉に驚き、腰を抜かした。
男の後ろには、もうひとり男が立っていた。
「エルフとドワーフ…?」
アストは二人の男を目にし、つぶやくように言った。
腰を抜かした方が耳長亜人のエルフ。
後ろにいるのが、寸胴短身の髭を無造に伸ばしたドワーフ。
この龍地球には、人間の他に様々な人に似た亜人種が存在する。
エルフもドワーフもその一つだ。
「なんだキミ達は…?」
アストは拍子抜けしたかのように問いた。
「あっしは丘エルフのペテン、こっちのドワーフはタンク」
ペテンと名のったエルフは立ち上がり、答えた。
見れば二人ともみすぼらしい格好をしており、エルフはボロボロのピエロが着てそうな服を、ドワーフもボロけた真鍮の鎧を身に纏っていた。
「何処から来たんだ?」
「西のバル…、いや北のトムクスからです」
アストの問いにペテンは即答した。
明らかに嘘だとわかった。
「申し訳ないが、今日結婚したんだ。だから今日は泊めれないんだ」
アストは丁重に断った。
訳の解らない連中の相手などしてられない。
アストは扉を閉めようとした。
「嵐が来るんですよ」
ペテンがアストに懇願する。
「雲一つないんだ、嵐なんて来ないよ」
「だからあっしには、天気や地震を予知する能力があるんです」
アストにペテンは叫ぶように言った。
「凄い能力だな、ならまだ来そうにないから王国に行けばいい…、ここからなら一時間もかからないぞ」
「王国は無理なんです」
ペテンは一行に引く気配を見せない。
ドワーフのタンクは黙ったまま、二人のやり取りを見つめている。
「だから、ボクには……」
「アスト様、二人は困ってる様子です。泊めてあげれば……」
アストの言葉を突如、遮った。
ミレアだ。
「えっ?」
アストは振り向き、ミレアを見つめる。
ミレアは、困った人を見捨てるような性格ではない。
アストには、ミレアの性格を誰よりも把握していた。
虫一匹殺せない優しい聖女のような性格を…。
そこにアストは彼女に惹かれたのだから、文句など言えるはずなかった。
今夜はお預けか……。
アストは二人の珍客を呪った。