8.逃走
WMG前日。
明日は朝早くからバスに乗るということで、部員全員で校内宿舎に泊まることとなった。
校内宿舎は部の大会前日やイベントで夜までなにかしら作業を行う際などに用いられ、学園に事前に申請することでいつでも使うことができる。
そんな緩い条件であるため、家に小さい兄弟がおり勉強に集中するために使う者はマシな方で、なかには家の水道光熱費をケチるために連泊したり、友達と集まって徹夜で遊び呆けても遅刻しない為に利用する者までいる始末だ。
ちなみにセイヤと蘆住は現在、学園近くのスーパーで今日の決起集会という名の宴に向けて買い出しを行っていた。
「俺らも大概だよなあ」
「ん?」
セイヤの独り言が聞こえたようで隣の蘆住が小首を傾げる。
「いや、明日は大会なのにこんなことしてていいのかなって」
「こういう時こそやらなきゃ。お酒とか飲むわけじゃないし!」
「大会前日にエナドリ飲むのも良くないから勝手にかごに入れるのやめてもらえませんかね」
蘆住がかごに大量のエナドリを入れるが端からセイヤが棚に戻すと不満そうに口を尖らせる。
「別に今日やらなきゃいけないことがあるわけでもないし明日も早いんだ。わざわざ飲む必要ないだろ」
「い、一本だけ。一本だけならむしろ快眠できるから」
蘆住の瞳孔は開ききっており、瓶を握る手は心なしか震えていた。
「どう見ても永眠だろ。やめとけよ」
「あっ――――」
セイヤは最後の一本をその手から取り上げ棚に戻す。
蘆住は絶望の表情で棚に置かれたエナドリに視線を注ぐが、明らかにアルコール中毒ならぬカフェイン中毒の彼女に与えるものではないとセイヤは無理矢理にでも手を引いてその場から移動する。
ちなみに部長と榎本は今日のために予約しておいた寿司を取りに行っている。なんでもWMGの前日は毎年験担ぎに寿司を食べるのがウチの恒例らしい。正直どう験担ぎになるのかセイヤには想像もつかないが。
その後も虚ろな表情の蘆住を連れてセイヤはジュースやお菓子などを買い込む。
買い物を終えてスーパーの外に出ると、ふとスーツを着た二十歳ぐらいの青年と視線が合った。
青年はニコッと挨拶をするように微笑み、それで終わるかと思ったのだが何故かこちらの方へと近寄ってくる。
「やあ。二人は仲良さそうだけどもしかしてカップル?」
「ハハッそう見えますかね」
「全然違いますけど」
きっぱりと言い切る蘆住。
(もしかしてさっきエナドリ戻したこと怒ってる?)
蘆住の様子に一瞬そう考えたセイヤだったが彼女の目は先ほどまでの虚ろなものと違い、どこか警戒心に満ちている。見知らぬ人間に急に声を掛けられれば警戒してしまうのも仕方のないことだが彼女のそれはやや過剰に見えた。
だがやや遅れて彼女の警戒の理由にセイヤは気付く。
(あれはッ……⁉)
スーツ姿の男、その胸に光る多種の翼を背にした聖女を象ったバッジ。それはまさしく天寿会の人間であることを示すものだった。
傍から見ている分にはただ迷惑な奴らだと思っていた。だがいざ目の前にするとたとえ相手が表面上で友好的な態度を取っていようと、その得体の知れなさに気圧されてしまう。
天寿会の人間はメイズに挑む者やそれを間接的に援助するMSSA製造者を目の敵にしている。偶然だろうが技術部に所属しているセイヤと蘆住に近づいてきたことに二人はなにかしらの意図を勘繰ってしまう。
「なんか用ですか」
一転してそっけない態度を示すセイヤ。それにスーツ姿の男はどこか困ったように頭を掻くしぐさを見せる。
「なんか警戒させちゃったね。ちなみに僕はこういう者なんだけど」
そう言って差し出してきたのは金の箔押しで天寿会と書かれた名刺。そこには類家レオと青年の名前であろうものが記されていた。
セイヤはそれを受け取らず拒絶の意を示すと、類家はそこで初めて不快感を露わにする。
「話だけでも聞いてくんないかな。近くに事務所あるからお茶でもしながらさ」
「ちょッ⁉」
類家は強引に距離を詰めてくるとセイヤの腕を掴む。その表情はどこか焦燥に駆られているように見えた。
しかしここ一か月ほど筋トレを行っていたおかげかセイヤはその手を難なく振りほどき、蘆住の手を取ってその場を逃れようと試みる。
「あっ……」
蘆住は驚いたように声を漏らすが、それを気遣えるほどの余裕は今のセイヤにはなかった。
走りながら誰かに助けを求めようとセイヤは辺りを見回す。警察に連絡するとはいえ今捕まれば何をされるか分かったものではない。
だがセイヤの目に入ったのは類家と同じスーツ姿にバッジを身に着けた男が三人ほど。類家から逃れるセイヤと蘆住を道端から好奇の視線を向けている。
(なんなんだよこいつら。追ってくる気配はないけど)
必死に追い縋る類家と反して佇む男達は中年かその表情には嘲笑の色が見える。
どうやらその嘲笑は後ろの類家に対して向けられたものだとすれ違いざまにセイヤは判断する。
「追い待てガキがッ⁉ 落とし前つけろやッ⁉」
なりふり構っていられないのか、最初に被っていた仮面を脱ぎ捨て粗暴な本性を露わに、いちゃもんを投げかけ迫る類家。
追われる恐怖からからかそこまで長い距離を走っていないにも関わらず蘆住の呼吸は荒い。
(まずいな)
蘆住の疲労困憊といった表情にセイヤは彼女の身を案じる。
と、走る道の先に見知った顔を見つける。
「会長!」
「貴方、いちゃつきながらジョギングとか舐めてますの?」
「今ふざけてる暇無いんでッ!」
目の前に現れたのはいつか見たのと同じスポーツルックの会長。
相手にしていられず横を通り過ぎようとするが、会長はセイヤの手を掴むと待ったをかける。
会長は背後に追い縋る男の姿を認めると、瞬時に状況を理解したように頷く。
「ここはわたくしがどうにかするから、貴方達はさっさと行きなさい」
「どうにかするって……」
相手は宗教勧誘を拒否しただけでわざわざ追いかけてくるような男だ。会長だって何をされるかわからない。
会長の言葉を図りかねていると、彼女はじれったそうに歯軋りする。
「ほら! 蘆住さんが待ちくたびれてますわよ」
蘆住の顔は青白く過呼吸気味で危険な状態なのは一目でわかった。
セイヤは全ての荷物を地面に置くと蘆住の頭と膝を両腕で抱える、所謂お姫様だっこの状態で持ち上げる。蘆住は一瞬驚いたように身じろぎするがその反応は弱弱しい。
「じゃあすいません会長⁉」
そう礼を言ってセイヤは全速力で走る。
セイヤは去り際に一度振り向くと、目に映る会長の後ろ姿はどこか頼もしく見えた。
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