7.完成
セイヤが技術部に入ってから四週間。
WMGを一週間後に控えたその日。セイヤは腕立てをしながら過去に行われたWMGの競技動画をスマホから流していると、なにか紙の束が落ちたような音がイヤフォン越しで耳に届く。
どうやら棚からファイルが落ちたようで、筋トレを激しくやり過ぎたと反省しながら近くいたセイヤは汗を軽く拭いそれを拾う。
「なんだこれ?」
ふと中身を開き見てみれば、そこに載っていたのはMSSAの仕様書。だがレッドファルシオンではない。
セイヤの知識ではそれがどのような特徴を持つMSSAなのか読み取ることはできず、ただそれが〈スタチューメーカー〉という名前だけがわかった。
「ああ。スタチューメーカーか」
興味深くファイルを見ているといつものオフィスデスクから視線だけを向け部長が声を掛けてくる。
「これってもしかして去年のWMGで出したMSSAですか?」
「ああ。去年は私と同じ学年だった凍雲カエデがモニターを務めて、それを振るっていたんだ。残念ながら優勝は逃したがな」
「同じだった? それって――――」
セイヤの問いを遮るよう、扉が開く音が響いた。
既に部員は集まっており視線が入り口に一斉と向けられる。
「よー集まってるな」
現れたのは白髪交じりの髪を肩まで伸ばした無精髭の中年男性。
男は棚に寄りかかりながら濁った視線で部室を見回し薄く笑う。
「相変わらずきったねえ部室だな」
「寺島先生か。どうかしましたか?」
寺島先生が顧問だということは以前部長から聞いていたことを思い出す。
部長はオフィスデスクから立ち上がると、寺島先生にそっと椅子を勧めるが長居する気はないようで右手でそれを制した。
「お前らWMGに出るんだってな。申し込みは終わってるのか?」
「ご心配なく。既に申し込みは済んでます」
「そーかそーか」
寺島先生は満足そうに顎髭を撫でるが、部長は不満そうに口を尖らせる。
「本当ならば顧問の先生がやることなんですけどね」
「わりぃわりぃ。優秀なお前達ならそれぐらいやってくれてるだろうと思ってな」
軽薄に笑う寺島。
部長が以前、寺島先生は技術部に顧問の名前を貸しているだけで基本は放任主義だと言っていたが一連の流れを見た感じどうやらその言葉通りのようだ。
そういえば部費の管理は部長がやっているとも言っていた。曰く寺島先生が管理して部費をタバコやらパチンコやらにつぎ込まれクビにでもなられたら技術部の顧問がいなくなってしまうかららしい。
(あんまりなほどの信用の無さだ。……いや、やりそうだけど)
「今年も見に来るんですか?」
「ったり前だろ。折角タダで観戦できるんだし、お前らが予選突破したら運営の用意した高級ホテルにも泊まれる。せいぜいいい思いさせてくれよ」
「とんだ先公もいたもんだな」
「言ってろ。別に悪いことなんざしてねぇんだからな」
榎本の皮肉も気にしていない様子で寺島は笑う。
「まあ用はそれだけだ。当日はバッチリ応援してやるからな」
寺島先生はそう言い残して部室を去る。
「あの人、WMG賭博とかやらかさないよな」
「さすがにそこまで愚かではないだろう。自分本位だが基本無害だからな」
散々の言われようである。とても部活の顧問とは思えない。
ただ寺島先生の放任主義のおかげで気負うことなく部活に専念できるのはありがたいとセイヤは感じていた。
(体育会系だと上下関係だとかで面倒だからな)
「さて、邪魔者もいなくなったところで今日も始めるとしようか」
「今日なにかありましたっけ?」
セイヤが尋ねるとなぜか部長のみならず、蘆住と榎本もどこか得意げな表情を見せる。
「完成したよ。レッドファルシオンが」
「MSSAも前の時とは違って自信作だ。今度はヘマしねぇ」
榎本の言葉につい二週間前のことをセイヤは思い出す。
セイヤがレッドファルシオンの不良を見つけ、だがそれを言い出せなかった後のこと。
榎本と蘆住が戻ると部長はもう一度試し斬りをしたら刃が欠けたのだと言い、セイヤが隠したことを黙っていてくれた。だが二人に隠しごとをしていることにセイヤは少し心が痛むのを感じる。
その思いを振り払うようセイヤはやや大げさに振る舞う。
「おおッ! ついに完成したか。じゃあさっそく使わせてもらうとするかな」
セイヤの言葉に皆頷くと、以前と同様の準備をして校舎裏の広場へと向かった。
セイヤは以前と同様に防火防熱加工のコートと手袋を身に着け、その手にレッドファルシオンを握った。斬撃さんは文字通りいつでも斬られる準備万端で目の前に置かれている。
「よし、起動してみろ」
やや太めになった柄の蓋を指で弾き、剥き出しになったタクタイルスイッチを押す。
だが以前と違いレッドファルシオンが以前ほどの異音を発することはなく、代わりにモスキート音のような微かな音が聞こえるか聞こえないといった具合にまで改良されていた。
それだけではない。以前は刃が赤熱するまで十秒ほどを要したが、改良されたレッドファルシオンは三秒ほどでその刃を赤熱させている。
目覚ましい改良にセイヤは内心驚きつつ、レッドファルシオンを両手に構えた。
そして斬撃さんを正面に見据え、セイヤは得物で一閃。
果たして斬撃さんはやや遅れて上半分を地に落とす。
それを確認しセイヤは得物の電源を落としその刃に視線を注ぐ。欠け一つ見逃さぬよう以前よりも細心の注意を払って。
しばしの沈黙の後、セイヤはゆっくりと口を開く。
「割れも欠けもない。問題なしッ!」
その言葉で部員達は安堵の吐息を漏らす。無論、その中には部長の姿もあった。
セイヤはそのことを嬉しく思うと同時に肩の荷が下りるような感覚を覚え、自分もこの時まで緊張していたのを自覚する。
「やったね。セイヤ君もお疲れ様!」
「っしゃあ、って喜ぶのもあと何回か試してみてからか」
「とりあえず先ほどと同じ強度を百で、あと二十回ほどやってみようか」
部長はそう言うとどこか意地悪そうに微笑む。
聞いてげんなりするセイヤ。
「これあと二十回ですか……」
「これで刃が割れたり欠けるようなら仕様変更も視野に入れなければならないからな」
「仕様変更?」
そうなった場合の策がなにかあるのだろうか。
その疑問に答えたのは蘆住だった。
「妥協案としては替え刃に対応させるとかだね」
「替え刃って……」
メイズに挑む場合何日も中で過ごす必要があり、同時に食糧など荷物の量も多くなる。重量のある替え刃を何枚も持ち込むというのは、それが攻略中になんらかの支障が生じることが目に見えていた。もし自分がメイズ攻略に向かうとしたら、そんなMSSAは余程のメリットがない限り得物として持ち込むことはないだろう。
しかもレッドファルシオンは密着したコイルと刃の間にたとえ蟻が通るような小さな隙間ができてしまうだけでも、空気に触れて発火しコイルが劣化してしまうことがある。そのため刃をコイルに挟み込む際は入念に隙間を確認しながら行わなければならず時間も手間もかかる。常に死と隣り合わせにあるメイズでその作業をいちいち行うというのは現実的でない。
「しょうがない。いっちょ気合入れてやるとしますか!」
セイヤは一度伸びをして気合を入れるとレッドファルシオンを構える。
「ちなみに斬撃さんの強度百はWMGで用いられる基準として採用されている。と同時に人体に最も近い硬さとも言われているぞ」
「それ今言います⁉」
(いやむしろ一生言わないで欲しかったけど)
部長は「フッ」と笑うと憐れむような視線をよこす。
「君は既に三度も殺めている。人を殺す味を覚えて病みつきになってしまったか」
「人を殺してるんですか! お願いだから自首してくださいッ⁉」
「いや話聞いてたかッ⁉」
「いやーいつかやると思ってたっすけどねー。同じ部員としては情けない限りですよ」
蘆住は本気にしているのか若干涙目でセイヤの防火防熱コートの裾をつかむ。対して榎本のほうはふざけて言っているのがまるわかりだった。
その後なんとか蘆住の誤解を解き、セイヤは斬撃さんを二十回斬り殺したが、レッドファルシオンに不具合はなく、これにて完成と相成った。
MSSAの製作は完成し、残るはセイヤがレッドファルシオンをいかに使いこなすかに掛かっている。
一週間後に控えたWMG、セイヤはそれを待ち遠しく思った。
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