6.試し斬り
セイヤが技術部に入ってから二週間が経った。
MSSAの基礎知識も身に着け、他の三人程ではないが専門的な会話にもそこそこ追いつけるようになっていた。
セイヤはいつも通り筋トレをしながら、いつもとは違う毛色のものをスマホで視聴していた。
「セイヤ君。ちょっといいかな。……ダメそうだね」
「蘆住! ちょ、ちょっと待って。あと……あとちょっとで登りきるから。……はああああッ⁉ うっそだろ、お前!」
「セイヤ君ってVTuber、ほんと好きだよね」
「好きなわけないだろ! ゲームは下手だし。昨日のクリアするまで寝れない企画、七時間もかかってたんだぞ! おかげで寝不足だよ、まったく。SNSで名前チョロっと出しただけでシュバってくるし、……平気で彼氏いたりするし」
「あ、うん。ファンよりアンチの方が詳しい理由が分かった気がする」
蘆住がセイヤに向ける視線は哀れみの色が多分に含まれていた。
その視線にセイヤはいたたまれない気持ちになり話題を変える。
「っていうかなんで蘆住は俺が放課後なにしてるか知ってたんだ?」
「セイヤ君のことを調べてた時にたまたまスマホでログインするところ見えたから、つい」
「なにナチュラルにハッキングしてんだよ、普通に犯罪じゃねぇか!」
軽い調子で言う蘆住にセイヤは愕然とする。
(というか一目でパスワード見抜くって普通に神業じゃないか?)
「とにかく俺のアカウントからログアウトしてクッキーも削除しろ。今すぐ!」
「うう……どのVTuberにどんなコメントしてるのか見るの楽しみだったのに」
名残惜しそうにスマホを操作する蘆住。
そんなこと楽しみにされても困るのだが、とセイヤはこめかみを抑える。
「いつまで絵畜生の話をしている。さっさと準備をしろ」
「部長、さすがに今の言葉は聞き捨てなりませんよ」
「批判したいのか擁護したいのかはっきりしろよ……」
呆れたように榎本が溜め息を吐く。
色々言いたいことはあったが、セイヤはとりあえず汗まみれの身体をボディシートで拭いながら尋ねた。
「で、これからなにが始まるんだ?」
「レッドファルシオンの試作品が出来た。試し斬りをする」
疑問に答えたのは部長だった。
彼女の手には以前設計図で見たMSSA、レッドファルシオンが握られておりクロスでその刃を丁寧に磨いている。
レッドファルシオンは柄と刃を繋ぐコイルから電流を発生させ、その刃を超高温に赤熱させるMSSAである。赤熱した鋭利な刃は骨肉を容易く引き裂き、端から溢れ出る鮮血を瞬時に霧散させることで返り血を防ぐ。
ここ二週間の勉強の成果でセイヤはレッドファルシオンの構造や仕組みをある程度理解していた。もっとも細かい理屈などはさすがによくわかっていないのだが。
しかしそれの試し斬りとなると、
「もしかして俺に人を斬ってこいって言うんじゃ……」
「バカ言ってねぇで、ほら」
榎本が呆れたように厚手の衣類を手渡す。
「なんだこれ」
「防火防熱コート&手袋だ。そのままだと服が燃えちまうだろ? 防刃加工もされてるから、このままメイズに行けるぜ」
「勘弁してくれ」
コートと手袋を受け取るとそれはずっしりと重く、いかにも暑そうでセイヤはうんざりする。
(真夏にこれって。燃える以前に熱中症になるんじゃないか。まあかっこいいからいいけど)
先程まで筋トレをしていたセイヤはスポーツルックで薄着なためその上にコートを着用し、レッドファルシオンからの熱で肌が焼けないようしっかりとボタンを留める。
各々荷物を持って技術部の面々が向かったのは薄暗い校舎裏の広場。
道すがらセイヤの格好にすれ違った生徒から奇異の視線を向けられたが真夏にコートという灼熱地獄で気にする余裕はなかった。
幸い校舎裏は日射の届かない時間帯で校内に比べてだいぶマシになる。
「さて、それじゃあ縣。レッドファルシオンを起動してみろ」
「あいあい」
レッドファルシオンの柄に備えられた蓋を指で弾き、剥き出しになったタクタイルスイッチを押す。するとキイイィンと異音を響かせじわじわと刃が赤熱し始める。
「よし、じゃあこれを斬ってみろ」
部長はそう言って台車に載せられた無数の正方形ブロックを背丈ほど高さまで縦長に積み重ねた奇妙な物体をセイヤの方へ寄せると、その場で台車を固定する。
コーデックス社製のMSSA試験装置〈斬撃さん〉だ。
付属のコントローラーで数値を入力することでそれに応じた磁力が発生し、ブロック同士が密着することで強度を調整できるという仕組みだ。ブロック単体の強度は相当なもので力任せにMSSAをぶつけても傷一つ付かない。
ふざけた名前をしているがこれだけで数十万する代物であり、WMGで使用される〈機動型斬撃さん〉はそこにゼロが一個増えるほどだ。
レッドファルシオンは熱を伝えやすくするために銅が多く使われている。だが反面それは強度に不安が残る形になる。
ここ数日、三人は新素材を開発すると躍起になっていたが、部長はそれを今ここで試そうということらしい。
新素材開発の苦労を間近で見ていたセイヤはどこか祈るような思いで狙いをつけ、その手の得物を横薙ぎに振るう。
はたして斬撃さんはセイヤが得物を振るった方へ上半分を地に落とした。
それを最後まで見届け、セイヤは柄に備えられた蓋を指で弾き電源を落とす。
視線を得物の刃に注ぐ。
「どうだ?」
部長が尋ね、蘆住と榎本も固唾を呑んでセイヤの言葉を待つ。
「すげぇな。傷一つ付いてねえ」
それを聞いて技術部の面々はほっとしたように表情を緩めると、各々喜びを口にする。
「よかったぁ。割れてたりでもしたらどうしようかと」
「っぱこの合金、ノーベル賞もんだろ」
ただ一人、部長は沈黙していた。
「すまないが榎本、蘆住。レッドファルシオンの調子を見ておくから部室から工具箱を持ってきてくれないか。コイル鳴きが気になって仕方ない」
「あ、はい! 確かにメイズで使う時にうるさいのはマイナスですよね」
「それなら俺一人で十分だろ。蘆住はここで待ってていいぜ」
榎本の気遣いに蘆住は首を横に振る。
「ううん。私もちょっと持ってきたいものがあるから」
「そうか」
話は決まったらしく二人は校舎の玄関へと向かう。
二人の姿が見えなくなる直前、蘆住が不安げにセイヤの方へ振り返ったような気がした。
部長はセイヤの手からレッドファルシオンを取るとその刃を睨むように注視する。
「君は優しいな」
彼女の言葉は穏やかで視線はセイヤを捉えているわけでもないのに、どこか咎められているような気持ちになる。
「すみません」
「怒ってるわけじゃない。私達が合金の生成に苦心していたのを知っての気遣いだろう」
傷一つ付いていないというセイヤの言葉が偽りであることを部長は看破していた。
斬撃さんを斬った後、レッドファルシオンには小さく、しかししっかりと割れ目が入っていた。
部長はレッドファルシオンから視線を外し、セイヤを見据える。
「MSSAはメイズに挑む者の命を預かるものだ。些細な不良でも持ち主の命を危険に晒すことになる。だからMSSAの製作に携わる者は誰しもが細心の注意でもって仕事に当たる」
「はい」
「私達の目標はWMGで優勝することだ。ここでいう持ち主とは君のことだよ」
「それは……」
つまりセイヤの身を案じて。
部長の真意にセイヤはなお心が苦しくなる。
「蘆住と榎本、もちろん私も。君に万が一のことがないよう万全の注意を払って今日の試験運用に望んでいる」
一拍置いて部長は言う。
「君は大事な技術部の部員だからな」
「部長……」
(だめだ……涙が出そうだ)
予想外の言葉でセイヤの目は潤み、彼女の顔を直視できない。
「あと君は将来、我が社の奴れ……社畜だからな」
「いや言い方! どっちにしろこき使われるじゃないですか!」
部長が微笑みながらそんなこと言うのでセイヤの涙はほとんど引っ込んでいた。
だがおかげでだいぶ楽になった。
蘆住が部長を尊敬する理由が少し分かった気がするセイヤだった。
「とにかく、遠慮せずに気付いたことはなんでも言えということだ」
部長は最後にそう付け加えた。
ふと去り際に見せた蘆住の顔をセイヤは思い出す。
「蘆住もなんか気付いてたのかな」
「聡い子だからな。何かしら気付いてもおかしくないだろう」
部長は言ってどこか意地の悪そうに笑う。
「ちなみに我が社ではオフィスラブを認めているぞ」
「なんですか急に。というか蘆住も巻き込むんですか」
セイヤの言葉に部長はしめたとでも言うように一層意地の悪そうな顔をする。
「誰も蘆住のことなど言ってないぞ、ん?」
「ぐぬぬ」
部長は「それに」と付け加えると、どこか明後日の方を仰ぎ見る。
「蘆住がいなくて私の作った会社が立ち行くと思うか?」
「確かに……」
(そこは自覚してたのか)
セイヤの言葉に部長は反論することなくその場になんともいえない空気が流れた。
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