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3.新入部員

 放課後。

 

 部長に頼まれた仕事をこなすべく、セイヤと蘆住は2年E組の教室へと向かっていた。普通教室と部室や特別教室は別棟(べつとう)で分けられており少々距離がある。


 ファイリングされていた生徒は榎本(えのもと)テルキ。親がMSSA製造会社の重役で本人もMSSA製造に対してある程度の知識を持ち合わせているらしい。


 セイヤは道すがら蘆住に技術部のことについて尋ねることにしたのだが。


「あのファイリング、蘆住が作ったのか!」

「はい。部長に頼まれて、私も調べものとか資料まとめたりするの好きなんで!」


 部長はまるで自分がほとんど仕事を終わらせて新入部員に()めで花をもたせてやるとでも言うような態度だったが、その実態はただ後輩の蘆住が健気に頑張っているだけだった。聞けば他の生徒に聞き込みなどもしていたようで、その際に白い眼で見られること少なくなかったらしい。


 ふと蘆住に技術部へ勧誘された時のことを思い出し、セイヤは心が痛む。


(とんだ損な役回りだ)


「なんでそこまでして技術部のために頑張れるんだ」

「え?」


 蘆住は少し考え込むように顎に手を当てる。


「やっぱり技術部が好きだから、かな。MSSAを作るのが好きだしあそこには思い出が沢山あるから」


 はにかみながら答える蘆住の表情がセイヤには(まぶ)しく見えた。


 きっとセイヤが逃げ続けていた間も彼女はずっと技術部を守るために戦っていたのだろう。


「で、でも部長、ホントはすごいんですよ! MSSA製作の資格もたくさん持ってて、去年作ったMSSAは部長主導で動いてて。部員勧誘の時だって色々考えて……」


 慌てたようにそうフォローする蘆住。


 ちょっと天然なところもあるけれど、蘆住は常に優しさが先に立つ人間なのだとセイヤは会って間もないながら思った。


(無理しすぎないといいけど)


 セイヤは逡巡し(しゅんじゅん)、彼女と初めて会った時から思っていたことを口にすることにした。


「なあ。俺も蘆住も同じ二年なんだし、そろそろタメでいいんじゃないか?」

「え、えと、じゃあ……。改めてよろしく、セイヤ君……」


 おずおずといった感じでなんとかそこまで言い切る蘆住。


(見てたらなんだかこっちまで緊張してきたぞ)


 自分から提案しておきながら視線を合わせ辛く感じ、セイヤは話題を変える。


「そ、そういえば弁当、ありがとな。おいしかったよ」

「ほんとですか! じゃない……ほんと! エナドリ米、初めて作ったけど、喜んでもらえてよかった」


 セイヤの口から出たのは嘘八百だったが、さてこれをどう切り抜けようかとセイヤは思案する。


 だが、それよりも気になるのが、


「エナドリ米?」

「うん! エナジードリンクでご飯()いてるから甘みが出るし、徹夜明けのお昼ご飯でも眠くならないんだよ」

「あの、蘆住さん、やっぱりそう何度もご馳走になるの悪いし明日はいいよ」

「あー! 自分で敬語はなしって言ったのに」


 蘆住が非難の声を上げる。


 敬語じゃなくなったことで彼女との距離が近くなったことを密かにうれしく思いながら、セイヤにとって重要なのはそこではなかった。


 ふと意を決したようにセイヤを見つめる蘆住。


「暇だったらでいいんだけど……帰りに買い物、付き合ってもらえないかな」

「なんだそんなことか。それぐらい別にいいけど」

「やたっ!」


 小さくガッツポーズする蘆住。


 その様子を微笑ましく思いながら、いつの間にか目的地にたどり着いていたことに気付く。


「じゃあとりあえず目の前の仕事を片付けますか」

「うん」


 E組の扉に設けられた小窓からそっと中を(うかが)う。


 教室のなかは電気が消えており、唯一の光源として夕焼けが赤と黒のコントラストを作り出していた。


 そこに人の姿はなく、既に帰宅したのかとセイヤは判断し(きびす)を返そうとしたその時、蘆住がなにかに気付いたように息を吐く。


 もう一度教室のなかを見てみると、机の上で突っ伏し眠る男子生徒の姿に気付く。


「あれが榎本?」

「たぶん。お、起こしたほうが良いかな」

「俺が先に入って起こすから、蘆住はタイミング見て入ってこい」

「う、うん」


 扉を開くと静かな教室にやかましく響く。その音に榎本は微かに顔を(ひそ)めるが目を覚ます様子はない。


 意を決しセイヤは榎本の肩を揺すって、声をかけた。


「ちょっといいか」


 寝起きで不機嫌そうに(まぶた)を開くと伸びをする榎本。


「誰だお前」


 ドスの利いた低い声。三白眼(さんぱくがん)で髪はオールバック。胸元を開けており、いかにも(やから)といった風貌(ふうぼう)はファイリングされていた榎本テルキで間違いなかった。


 それを確認し今が良いタイミングと見たのかそろそろと蘆住が隣に来る。


「お前、技術部のッ!」

「へッ⁉」


 蘆住の顔を見て突然驚いたように大声を上げる榎本。それに蘆住は怯えたように反応する。


「な、なんで私のこと知ってるんですか」

「なんでって、そりゃ……」

「さては蘆住のストーカーだな!」


 一瞬言い(よど)むのをセイヤは見逃さなかった。


(これは確クロと言っていいだろう)


 セイヤの言葉に目に見えて狼狽(ろうばい)する榎本。


「バッ、適当なこと言ってんじゃねえよ! 技術部のこいつらの噂ぐらい誰だって知ってるだろ」

「犯人はみんなそういうんだよ。……誰だって知ってるもんなのか?」

「ま、まあ」


 尋ねられて「あはは……」と苦笑する蘆住。


 そんな誰でも知っているはずのことが自分の耳に届いていなかったことにセイヤは落胆(らくたん)する。


「で、俺になんの用だ?」

「ああ。お前、部活に入ってないんだろ? 一人っ子で両親は共働きだから帰っても誰もいない。かといってウチの学校はバイトするのに面倒な手続きが多く、そこまでしてやろうとは思っていないからこうして放課後はダラダラ過ごしてる」

「お前こそなんで俺のことそんな知ってんだよ!」

「だからお前、技術部入らないか?」

「スルーすんな!」


 榎本は嘆息する。


「俺は群れるつもりはない。しかもなんでわざわざ技術部なんかに」

「既に関係の出来上がったグループに入るのが嫌か? それなら俺も今日入ったばっかだし、気い遣う必要もないぞ」

「んなもん(はな)から気にしてねえよ。……いや、待てよ」


 榎本はどこか考え込むようなそぶりを見せる。


(口では群れるつもりはないなんて言っておきながらやっぱり気にしてるのか。見かけによらずかわいい奴め)


「技術部って確か部員不足でそろそろ廃部になるんだろ? 俺が入らなかったらどうするつもりなんだ?」

「その時はその時で考えがある。気兼ねなく入れるのは今だけだぞ」


 無論、嘘。


 だがこう言っておけば同時期の新入部員がいて入りやすいのは今だけだと印象づけやすい、とセイヤは考えていた。


(人は今だけという言葉に弱い。コラボ商品やら限定ガチャやらしかり。気の小さそうな榎本なら効果は抜群(ばつぐん)だろう)


 ふと視線に気付き振り返ると蘆住が期待の眼差しでこちらを見ていた。


(こっちが信じちゃったかー)


「で、その考えってのは?」

「内緒だ。入部届けを出したら教えてやる」


 言いながらセイヤは自分も入部届けをまだ出していないことに思い至る。明日、榎本の入部が決まったら一緒に出しに行くか。


 榎本は「ケッ」と面白くなさそうに吐き捨てると帰り支度を始める。


「少し考えとく」

「じゃあ明日の放課後、技術部に来てくれ。場所は……」

「別館一階の南側一番奥、だろ?」

「お前もしかしてずっと技術部に入りたかったんじゃ――――」

「んなわけあるかボケェ!」


 言って扉を乱暴に開けると榎本は教室から出て行った。


 それを見送りながらセイヤは一仕事終えて肩の荷が下りたのを感じる。


「さーて俺達も帰るとするか」

「約束、覚えてる?」

「買い物の付き合いだろ。ちゃんと覚えてるよ」


 セイヤは淀みなくそう答える。


 それを聞いて蘆住は嬉しそうに笑うのでセイヤもつられて嬉しくなる。


 だがこの時のセイヤは知る由もなかった。


 この先に絶望の真実が待ち受けているということを。




「あの、蘆住さん、それ」

「あ、また敬語になってる! それにこれは明日のお弁当の食材だよ」


 近くのショッピングモールで蘆住が真っ先にかごにぶち込んだのは大量のエナジードリンク。しかも瓶のタイプ。


(瓶の奴は確か缶より少ない代わりに成分が濃縮されてるんじゃなかったか。一般的な炊飯器で米を炊く際、三合の米に水を600㏄加える。つまりこの濃厚エナジードリンク150㏄を四本一気に……)


「いや死ぬううううううッ⁉」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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