1.技術部
九山学園に通う高校二年生、縣セイヤは帰宅部だった。
今日も今日とて早々に下校し、誰もいない自宅で怠惰に過ごそうと教室を出た矢先、ふと見知らぬ女生徒と目が合い、セイヤの元へ歩み寄ってくる。
「あ、あの。縣セイヤさんですよね」
「いや、人違いです」
セイヤは瞬時に面倒事を予感し、すぐに口から出まかせを吐く。
目の前の女生徒、ボブカットで小柄のいかにも気の弱そうな少女は「え、え?」と困惑の表情を浮かべる。どうやらセイヤをその人だと確信はあるが、どうにも言い出せないといった様子だ。
やがて女生徒はどこか覚悟を決めるように言った。
「あ、あの! 技術部に入ってもらえませんか!」
「無理矢理来たな……」
「VTuberのカラオケ枠で毎回『この選曲は男の影響』って嫌がらせみたいなコメントしながら虚しい時間を過ごすよりは絶対に有意義だと思います!」
「なんでそんなこと知ってんだよ⁉」
予想外の悪癖を暴露され、セイヤは思わず叫んでしまう。
ちょうど下校や部活に向かう生徒が廊下を行き交うなか、そんなことをすれば周囲になんだなんだと視線が集まるのは当然だった。目の前に今にも泣き出しそうな女生徒がいれば、その視線は深くセイヤの心を抉る。
「話だけだ! 話を聞いたらすぐに帰るからな!」
「本当ですか!」
途端に弾けるような笑顔、まるで勧誘に成功したかのように晴れやかな表情をする女生徒。
そのことに嫌な予感を持ちながらセイヤは彼女の後をついてゆく。
「私、蘆住シキっていいます。末永くよろしくお願いします」
そう自己紹介とともに続く言葉にセイヤはより嫌な予感を募らせた。
技術部と言えば今のご時世、メイズ攻略特化武装〈MSSA〉の開発を活動としている。
メイズというのはいつからそこにあったのか突如発見された地下空間で、そこには風穴を開けられようとその身を両断されようと数分の内に傷口は塞がり不死の身体で探索者の行く手を阻む敵性体が闊歩している。
MSSAとは不死の身体を持つ敵性体に対して効果を発揮する主に切断に特化した武装である。主に切断に特化した、というのはメイズの敵性体が不死の治癒力を発揮するとはいえ身体部位を切断されたそれらが完全に動けるようになるまで三~五分ほど時間を必要とし、その隙に敵性体から逃れ探索を続行するというのが現在探索者のセオリーとなっているからである。
なぜ危険を冒してまでメイズに挑む者が絶えないのか、それは不死の生物の存在が周知されると同時に立てられた一つの仮説。
メイズの最奥には不死に至る技術が眠っているのではないか、と。
技術部の部室、その壁一面に剣や斧その他刀剣類のMSSAであろうそれが多く掛けられ、用途不明の巨大な機械が狭い部屋の中に詰め込まれている。その光景はさながらロールプレイングゲームの武器屋を彷彿とさせ、「男の子ってこういうのが好きなんでしょ」とセイヤの脳内イマジナリーお姉さんが囁き若干の興奮を覚える。
蘆住に導かれるがまま部室をジグザグに進むと多少開けた場所へと辿り着く。するとオフィスデスクで分厚い本を読み込む女生徒がセイヤの目に映った。
赤味がかった茶髪を背中まで伸ばして結び、本に向ける視線は鋭く座していながらすらりとしたスタイルだと一目でわかる大人びた印象の女生徒。
やがて最初からセイヤに気付いていたのであろう、ゆっくりと視線をよこすと彼女は不敵に微笑んだ。
「戻ったか、蘆住」
「は、はい⁉」
「君が縣セイヤか」
どこか値踏みするかのような視線。
それにどこか居心地の悪さを感じ堪らずセイヤは口を開く。
「俺、技術部に入る気はありませんよ。話だけでもって言われて仕方なく来ただけなんで」
「˝うぇ」
いつの間にか後ろに控えていた蘆住が予想外だとでも言うように声を漏らす。
(˝うぇってなんだよお前! 話が違うだろお前!)
「なぜそこまで拒む。君の才能は風の噂で聞いているよ。MSSAの扱いに長けているそうだね」
昨日の体育の時間で行われたMSSAの授業のことを言っているのだろう。
セイヤ自身、二年の体育の授業で初めてMSSAを手にし、あそこまでうまくいくとは思っていなかった。刃引きされた鉈のMSSAで標的をいかに早く、多く破壊できるかを授業でクラスメイトと競った。その結果、クラスはおろか学年でもトップの成績をセイヤは打ち出したのだった。
体育の授業だけとはいえ一躍時の人となったセイヤの噂はMSSAを製作する技術部の耳に入るのも早かったのだろう。
確かに気恥ずかしくはあったがポジティブな理由で周囲に注目されるのは悪い気分ではなかったし、自分の隠れた才能を見つけたことが嬉しくないはずがない。
だが、
「俺の親父はメイズに向かったきり帰ってない。だから正直なところメイズとかMSSAとかにあんまりいい気はしない」
「父親がまだ幼い君と病気の母を置いていったから、か」
「なッ⁉」
(知っていたのか)
途端に目の前の彼女へと向ける視線に怒りが混じる。
だが彼女はそれを真正面から受け止め、なおも余裕の表情を崩さない。
「MSSAの製作はメイズに挑む者の助けとなり、結果的にメイズの謎を解き明かすことに繋がる。君は父親が挑み、目指したものがどんなものか見たいと思わないかい?」
「それは……」
一瞬答えに窮し、それを揺らぎと判断したのか彼女は畳みかけるように続ける。
「一般人にはメイズの情報は規制され、知れるのはネットに転がっている僅かなものだ。だがMSSA製造企業にはそれが真っ先に入ってくる。企業がスポンサードする探索者からの情報はもちろん、政府子飼いの探索者からも優先的にMSSA製造企業に情報が入るようになっているんだ。メイズの謎に最も近い者が探索者なのは当然として二番目に近いのはMSSA製造企業の人間なのだよ」
「MSSA製造企業に就職したいならここの経験は有利に働くって言いたいんですか?」
彼女は瞑目したまま首を横に振る。
「自分で言うのもあれだが実家が裕福でね。卒業後はMSSA製造会社を起業しようと考えている。もし君が我が技術部に入部してくれるのなら卒業後の重役をと考えているのだが」
どうする?
そう問いかける彼女の眼は既にセイヤの答えを見透かしているようだった。
だから、
「少し、時間をください」
わずかな反抗心でそれだけを口にする。
切れ長の瞳を眇め、彼女はそっと一息吐くとくるりと椅子を回しそのまま背を向ける。
「そうか。だが時間が無い。明日の放課後までに決めてくれ」
この話は終わりだというように彼女は振り返らない。
その場を後にしようと振り返るとどこか慌てた様子の蘆住が道を譲り、その横を通り過ぎようとして背後から微かに椅子が軋む音が耳に届く。
「そういえば名前、まだ言っていなかったな」
そして一拍置いて彼女は名乗った。
「桐咲レイカだ。明日は色の良い返事を期待しているよ」
縣が部室を去り、それを見送りながらレイカは背もたれにその身を預け一息つく。蘆住はどこか落ち着かない様子でレイカに視線を向けていた。
「彼、入部してくれますかね」
「無理にでも入部させるさ。その為に初対面の相手にあそこまでのカードを切ったんだ」
言ってレイカは机の上のビデオカメラを手に取り、弄ぶ。
レイカはMSSAの授業があるとき、体育館にこれを設置し目利きを行う。それは今、技術部に足りない人材であるモニターを探すためだ。
前任のモニターはとかく優秀であり、技術部の二人は目が肥え、お眼鏡に叶う人材は長らく見つかることはなかった。それ故に彼を見つけた時の二人は信じられぬものを見たよう胸が躍ったのを覚えている。
「蘆住も見たろう。学校のMSSAは刃引きされているとはいえ、人に向ければ凶器に変わりはない。振るう際は自傷が頭を過り、プロですら若干の躊躇が生まれるものだ」
「彼にはそれが無いように、私も感じました」
「それはよかった」
蘆住の同意といって差し支えない分析にレイカは目を細めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたらブックマーク・広告の下から評価していただければ幸いです