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夜会のあとのこと

 国交回復のためのルセアノ皇国からの使節団は、二週間の滞在予定だった。わたしも正式に王家の養子となったため、夜会の日には王宮にへと入り王宮で過ごした。


 今回は、まず国交の回復が優先されたが、近々同盟も結ばれることになっている。ディーデリヒ様や使節団の人たちはその草案の作成、ティリシス国内の視察などに追われた。

 視察にはディーデリヒ様についてわたしも同行し、多くの国民から歓迎と祝福を受けた。


 一方でヘルムート殿下は謹慎のため自室に軟禁状態と聞く。

 今はティリシスの王宮もルセアノ使節団の対応に追われているので、使節団がルセアノに戻り落ち着いたら国王陛下より相応の処分が下されるそうだ。


 王妃陛下が聞いた話によればヘルムート殿下は物心ついたころから、わたしと婚約していると思い込んでいたらしい。

 そのまま成長し学院に入学すると周囲はわたしを婚約者として扱った。ほかの婚約者候補たちはご自分を好きで取り巻きになっているのだと思っていた、と。


 王妃陛下は母親ながら恥ずかしく思うと、わたしに謝罪された。


 その後ヘルムート殿下はマヌエラ様と懇意になり、女子学生たちによれば、周囲にはばかることなく仲睦まじくされていたようだ。ただ男子学生たちの証言だとマヌエラ様は人前で「男爵程度の娘の私にあまり声をお掛けになってはいけないのでは?」と忠言もしていたらしい。

 マヌエラ様は周囲の女子学生たちとの間に軋轢があるようだった。


 それは国王陛下や王妃陛下の耳にも入っておりヘルムート殿下には何度か注意をされた。

 けれどヘルムート殿下は反発してますますマヌエラ様に構うようになった。そのために注意されることが増え、だんだんと国王陛下の呼び出しにも応じなくなった、と。


 そうこうしているうちに側妃様がご懐妊し王女殿下がお生まれになった。わたしが国外へ嫁ぐ可能性もないだろうと判断した国王陛下はヘルムート殿下とわたしの婚約を急いだそうだ。


 ルセアノ皇国から国交回復の申し入れがあったのはヘルムート殿下との婚約が結ばれた直後のこと。同時にわたしがルセアノへ、ルセアノの皇女がティリシスへという婚姻政策の提案もあった。

 だからヘルムート殿下とわたしの婚約発表は控えられていた。


 水面下で国交回復の交渉は進められ、異例の早さでまとまった。

 けれど、ヘルムート殿下は国王陛下からの呼び出しのことごとくに応じず、ルセアノ皇国との交渉内容を記した封書も受け取らなかったため、なにも知らなかったのだ。

 夜会も例年通り行われる社交シーズン幕開けのものと思っていたらしい。


 以前よりヘルムート殿下の立太子については、国王陛下も悩まれていた。わたしがルセアノ皇国へ嫁ぐことが決まり、ヘルムート殿下がマヌエラ様と婚姻するのなら殿下の立太子はあり得ない。

 第三王子フェリクス殿下が立太子されるのは確定的となった。

 近々それは発表されるだろう。


 そしてルセアノとティリシスの同盟締結も発表される。

 第三王子フェリクス殿下の立太子はルセアノ皇国の使節団が引き上げ、立太子礼の準備が整い次第すぐにでも行われると聞いた。さらにルセアノ皇国への使節団代表となり、皇女との婚約が発表されるのも半年以内の予定だ。


 王女となったわたしがルセアノ皇国へ輿入れするにあたり、ティリシス王国から六人の侍女と二人の騎士がついてくることになった。

 侍女のうち二人はラインマイヤー家からわたしについて一旦王宮の侍女となり、ルセアノにも来てくれる。


 旅立ちは盛大なものだった。

 国王王妃両陛下や王族の方々、ラインマイヤーの両親や兄はもちろん、学院での友人たちをはじめとした貴族、王宮の外には平民も多く詰めかけた。


 ルセアノへの旅路は一週間ほど。使節団の人たちやディーデリヒ様の側近の方々とも交流し、道中は楽しいものとなった。


 ルセアノ皇国に到着すると、歓迎もまた盛大なものだった。

 これから半年間はルセアノの皇妃陛下のもとで学びつつ、お茶会や夜会で貴族たちと交流を深める。そうして婚姻の準備を整え、半年後には正式な結婚となる予定だ。


 ルセアノ皇宮での生活も落ち着き、ディーデリヒ様かわたしのどちらかが不在にしてなければ毎日アフタヌーンティーの時間をともに過ごすようになっていた。


「ヘルムート殿の今後が決まったようだよ」


 正直なところ忙しくて、あの夜会でのヘルムート殿下とのやり取りは忘れていた。あれから一ヶ月と少し。言われてみてはじめて、その後どうしていたのだろうと気になる。


「マヌエラ嬢の家に婿入りする形になるらしい」

「たしかマヌエラ様は男爵のお家の方だったように思いますが」


 王家から王子が臣籍降下される場合は公爵となるのが原則だ。例外はあり過去に王子の希望で侯爵の令嬢と婚姻して、その爵位を継いだこともありはする。


 また、男性の王族と貴族の令嬢が婚姻する場合、令嬢は伯爵以上の高位貴族の娘でなければならない。こちらについては養子縁組をすれば王家に嫁ぐこともできる。

 そして、王女が臣籍降嫁される場合も高位貴族の家が原則だ。


 ヘルムート殿下が男爵の家に入られるというのは、あまりにも家格が釣り合わない。


「だからマヌエラ嬢の家は伯爵に陞爵されるとか」

「ではマヌエラ様のお家の家督はすぐにヘルムート殿下に譲られるのでしょうか」

「マヌエラ嬢の兄が最近当主になったばかりだったようだけどね。マヌエラ嬢の学院卒業をもって、ということらしいよ」


 そして今後なにかしらの成果がなければヘルムート殿下から代替わりされる際に爵位は男爵に戻されるという。

 侯爵以上はあっても、伯爵以下に臣籍降下するという前例は聞いたことがない。自分が立太子され、いずれ王位に就くと思っていたヘルムート殿下にとってはかなりの屈辱だろう。


 しかし、一応ヘルムート殿下も勉強はできる方だったので、マヌエラ様のご実家の領民が不幸になることはないと思いたい。マヌエラ様も学院に編入したほどの方なのだからヘルムート殿下を支えてくれるはずだ。

 きっと大丈夫。


「ヘルムート殿の治める領地が傾くようなことがあれば、代官なりが派遣されて支援はされるようだよ」


 それを聞いて安心した。領民は領地を支える土台であり、財産だ。同時に各領地の領民は国民であり国家を支えるもの。

 国家や領主は国民や領民がより良く生活できるように治める。それには、貴族や平民関係なく広く意見を取り入れなければならない。


 ヘルムート殿下にはその点が不足していた。


「パトリツィアを安心させられて良かった」


 ディーデリヒ様の笑顔に頬が熱を持った。

 ディーデリヒ様はわたしがルセアノ皇国へ入る以前、わたしに話しかけるときは「貴女」、誰かにわたしの話をするときは「パトリツィア嬢」だった。

 それが最近は必ずパトリツィアと名前で呼んでくれる。


 甘く優しく響く自分の名前が嬉しくて、わたしもディーデリヒ様と呼ぶ頻度が増えた。呼べばディーデリヒ様も嬉しそうに笑ってくれる。


「あのヘルムート殿がどこぞを治めるとなったらパトリツィアが心配するんじゃないかと思っていたんだ」

「ディーデリヒ様はわたしのことをよくお分かりですのね」


 ありがとうございます、と付け足せばディーデリヒ様は当然だという顔をした。


「僕はパトリツィアのことが好きだからね」


 周囲にいるのは侍従と侍女、そして使用人だけ。とはいえ、そう臆面もなく言われてしまうと顔が熱くなる。

 ディーデリヒ様から視線を逸らせば、微笑んでいる侍女が目に入った。


 彼女はわたしが十歳頃から仕えてくれている。そんな彼女が微笑ましそうにこちらを見ているのは、やはり照れるものだ。


 ふたたびディーデリヒ様に視線を戻せば彼もまた微笑んでいて、その優しげな蓮の花のような薄赤の瞳をみると好きだと思ってしまう。


「あの、こんなことを言うのは、はしたないと思われるかもしれませんが……わたしも、ディーデリヒ様のことが……」


 一番大切な部分がなかなか出てこない。自分の気持ちをそのまま言葉にして表すのはこんなにも難しい。

 ディーデリヒ様の目が好きなのに、その目を見ていられない。思わずディーデリヒ様の胸元へ視線を下げた。


 紺色のジャケットの胸ポケットには、さっき庭園で切ってもらった黄色いスターチスが差されている。

 ディーデリヒ様の今日のお召し物に映えそうだと言ったら侍女が庭師を呼んで切ってくれたものだ。

 ふぅ、とゆっくり息をつく。


「……好きです」


 何度も深呼吸してようやく出てきたのはあまりにも小さな声だった。わたしの声は届いただろうかと心配でちらりとディーデリヒ様の顔を見れば、蕩けるような嬉しそうな顔をされていて。


「はやく結婚したいなぁ」


 誰にともなく呟くようにおっしゃったディーデリヒ様にわたしはもう、なにも言えずにただそのあとの二人の時間を過ごしたのだった。

本編はここまでとなります。次回は1,300字程度の短い番外編でマヌエラのその後です。ざまぁ展開はほとんどないので、その点ご了承ください。

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