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マヌエラ(1)

 マヌエラはティリシス王国辺境に小さな領地を持つレーヴェン男爵の末娘として生まれた。兄が四人いて五人兄妹の紅一点だ。

 女の子がほしいというレーヴェン夫人の強い希望のもと、もう望めるのは最後の子だろうという五人目でようやく生まれた待望の女の子だった。

 だから、マヌエラはそれはもう家族に愛されて育った。


 レーヴェン家はマヌエラの祖父が始めた事業をマヌエラの父が成功させて男爵に叙爵された。マヌエラの十二歳年上の兄が二歳になり、十歳年上の兄が生まれる直前のことだった。


 貴族としてのレーヴェン家は新興貴族であり、ほかの貴族たちからは軽く見られている。貧しくはないが資産も莫大というほどではない。

 根っからの貴族ではない両親は使用人も住み込みが一人と通いを二人しか雇わなかった。

 兄たちにもマヌエラにも一応家庭教師が付けられたが、勉強の多くは母が教えてくれた。


 マヌエラは家では家族からは構われるばかりだった。レーヴェン家のそう大きくはない領地の子どもたちからは領主の子だと遠慮された。

 田舎なのでそうそう夜会やお茶会に招かれることもなく、友達もできないまま成長した。


 けれど、領地にいるころマヌエラはそんなこと気にしたことがなかった。

 というよりも、自分に友達がいないことについて考えても、思いついてもいなかった。

 家にいれば兄たちはいやと言うほど構ってくれる。両親はそう無理のないものであれば、欲しいと言ったものをなんでも与えてくれる。


 兄たちはよく領地のそばの森へピクニックに連れていってくれた。

 やんちゃな兄たちが兄弟喧嘩で怪我をするのはしょっちゅうで、だから彼らは薬草のことをマヌエラに教えてくれた。


 それで興味を持って薬草に関する本を色々と取り寄せてもらい、自分なりに研究していった。兄たちだけでなく領民の生活にも役立つ薬草の研究は両親にも歓迎された。

 とくに母は学問を志したが周囲に反対され挫折した過去があったので、薬草に詳しい学者を探すなど熱心にマヌエラを応援してくれた。


 マヌエラが十六歳のときのことだ。

 レーヴェン男爵の領地と隣接する領地を持つ伯爵の令息との婚約話が持ち上がった。マヌエラは王都へ行って学院に進学したかったが、相手方はそれに反対していた。


 相手はそれなりに歴史のある貴族で伯爵、こちらは男爵位を賜ったばかりの新興貴族。

 父の領地のためになるなら婚約を受けよう。貴族の娘とはそういうものだと昔読んだ物語にもあったし。

 それに進学は諦めても研究は続ければいい。


 マヌエラは婚約の打診を了承し、正式に婚約する前に両家で顔合わせをすることになった。

 マヌエラの婚約相手との初顔合わせは、相手方の伯爵のカントリーハウスで行われた。玄関ホールで歓待を受け、応接室でまずは伯爵夫妻と挨拶を交わす。

 レーヴェン家からはマヌエラの両親と四番目の兄が来ていた。四人揃って伯爵のカントリーハウスの豪華さに驚きつつ、なるべくそれは気取られないように気を付ける。

 その日のメインは庭園でのお茶会だった。マヌエラはそこで初めて伯爵の令息と顔を合わせた。


「とりあえず見た目は合格だな」


 それが彼の最初の一言だった。

 その一瞬でマヌエラの四番目の兄は内心怒り狂っていたが、両親からの視線でなんとか平静を保った。けれど、約二十分後には兄だけでなく両親も怒り心頭することになる。


「女のくせに薬草の研究?」


 それはマヌエラの母が娘時代に言われつづけた言葉だった。


 学問をするような女は生意気でいけない。庶民の女とは違うのだから無闇に外に出るな。女主人として使用人を取りまとめ、社交をこなし婚家のために尽くせ。


 それがマヌエラに対する婚約相手の家の総意らしかった。

 マヌエラはこのまま婚約し、この家に嫁いだらどうなるだろうと不安に思ったが、当然のように破談だ。

 四番目の兄から話を聞いた三人の兄たちも怒り狂い、両親は隣接する伯爵領であまりにも古い思想が色濃く残っていることを嘆いた。


 そうして、マヌエラは婚約のために一度は諦めた学院への進学に改めて挑戦することにした。

 ただ学院は原則四年制で十八歳で入学しなければならない。そして十八歳で入学するには十七歳時点で入学試験に合格しなければならなかった。


 伯爵子息との婚約が持ち上がった頃が丁度入学試験の志願をする時期と重なっていた。

 志願の書類とともにこれまで行った学問や研究の骨子をまとめた書類も一緒に提出するのが決まりだ。

 けれどマヌエラは進学を諦めていたのでそれらの書類は作成しておらず、破談が正式になったのは入学試験申し込み締め切りの直後だった。

 だからといって、学院への道が閉ざされたわけではない。通常の入学選考よりも難易度は数倍上がると言われているが編入制度がある。


 編入できるのは一年次と二年次のみ。

 学院の年度末にはそれぞれの学年の修了試験がある。その修了試験より少し難易度の高い筆記試験とこれまでの研究についての論文の提出、その論文について学院の教師たちとの討論会。

 それらを突破すれば学院に進学できる。

 マヌエラは家族にも相談し、じっくりと対策を取るため二年次での編入を目指すことにした。それからは猛勉強の日々だ。


 そしてマヌエラは学院にもう一つの目的を見出だしていた。それは結婚相手を見つけること。

 もちろん、その結婚相手はマヌエラが結婚後も薬草の研究を認めてくれる人でなければならない。

 学院には女性も多く在籍していると聞く。しかも王都という流行の発信される先端の場所でなら、自分を女だからと差別する人は少ないはずだ。

 きっと理想の人を見つけられる。

 そんなちょっとした野望を秘めつつ、マヌエラは無事に学院への編入を果たしたのだった。


 マヌエラは一度進学を諦めた以前よりもさらに必死に勉強して、なんとか無事に学院への二年次後期の編入を果たした。

 編入試験に合格できるものは数年に一人いるかどうか程度らしく、学内ではかなり話題になったらしい。


 学院では王都にタウンハウスを持つ高位貴族の子女はそこから通う。そして王都にタウンハウスを持つほど財力のない下位貴族や平民は学生寮に入る。

 学生寮は寄付金と成績で入れる部屋が変わる制度だ。部屋は、広い一人部屋、少し手狭な一人部屋、少し広い二人部屋、手狭な二人部屋とランクがあり、年度ごとに部屋替えもある。

 マヌエラは少し手狭な一人部屋に入った。


 学院へ編入した当初、マヌエラはクラスや男女問わずよく話しかけられた。そこで初めて自分が結構な人見知りであることに気づいた。

 とくに女子学生と何を話せばいいのか分からない。マヌエラがまともに会話をしたことのある同性といえば、母親とその同世代の使用人二人くらいだ。

 男子学生は学問に励む女子を差別したりしないし、兄たちとあまり変わらないので彼らにちやほやされるまま、マヌエラが受け答えするだけで問題ない。

 けれどそれは、ただでさえ女子学生と近づけないマヌエラから、さらに女子学生を遠ざける要因となった。


 ただ、マヌエラにとって学院での目標はしっかり学ぶことと、そのついでに良い結婚相手を見つけること、その二つだ。なので、他の女子学生と仲良くなれないことは大した問題ではない。

 すこし、さみしいとは思ったけれど。


 ある日、マヌエラは学舎の裏庭にあるアベリアという低木の茂みに囲まれた小さなスペースで一人昼食をとっていた。

 そこは日中、学院にいるあいだ一人になりたいときに訪れるマヌエラの秘密の場所だ。


 学期末には論文を提出しなければならない。マヌエラは論文は寮に戻ってから書くことにしていた。

 午前は教養科目の時間である。そのあとの昼休みの一人きりの時間に、論文の主題や仮定をどう検証するかなど頭の中でしっかり練り、午後の演習科目の時間でその考えに沿った研究をする。


 その大切な昼休みの時間の秘密の場所に現れたのが、ヘルムートだった。

 マヌエラは初めて王都に来たばかりの田舎貴族の娘なので王族の顔を知らない。だからヘルムートがこの国の第一王子なんて、最初は全く気がつかなかった。


 ただ美しい金髪に綺麗な翠の目を持つ、やたら顔の整った男が突然現れたことに驚いた。身なりが良いのでお金持ちなんだろうな。

 それがマヌエラのヘルムートに対する最初の印象である。

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