第95話、法治国家
「まあ、若造。よく考えてみろよ」
ミッキー老人は革張りのイスに座ってふんぞり返る。
「ワシが帝国に寝返って、どんなメリットがあるというんじゃ?」
聞かれた野田が斜め上を見て考える。
「まあ、お金だろ……。たくさん賄賂をもらう約束をしているんじゃないのか」
老人は口を曲げて笑った。
「フフフ……、浅はかな若造じゃのう。ワシは財産を持っているが、まだお金が欲しい。確かに賄賂は魅力じゃが、国を失ってまで金銭に執着はせん」
野田は口を結んで何も言わない。
「もし帝国がアマンダ共和国を占領したら、ワシが持っている鉱山の採掘権は、すべて帝国に取られてしまうだろう。それに自宅などの財産を接収されてしまうかもしれない」
榎本さんがうなずく。
「キャンベル帝国の皇帝と密約を結んでも、それが守られるという保証はないのじゃよ。独裁国家である帝国に協力するよりも法治国家であるアマンダ共和国に助力する方が財産を保全されるので安心なのじゃ」
そうか、そう言えばそうだよな……。野田も黙り込んでいる。
「確かに、ご老人のおっしゃるとおりです。疑って申し訳ありませんでした」
榎本さんが深く頭を下げた。
「まえ、ええわ。普段から疑われるような言動をしているワシにも責任があるかもしれんからな」
老人は満足そうな笑顔。
「しかし、スパイがいるのは間違いないと思われます。ご老人には心当たりがありませんか」
榎本さんが聞くと、老人は眉をひそめて天井を見上げた。
「軍にはいないだろうな。いるとすれば議会の人間か……」
視線を天井の一点に集中させて容疑者を検索しているよう。
「たぶん、スパイは議長に降伏を勧めていると思うのですが」
そうか、榎本さんの言うとおり、共和国が戦わずに降伏してくれれば帝国の犠牲がなくなる。戦わずに勝つというやつで、その方が楽だよな。
「うーん、そうじゃな。まあ、ワシの方で調べてみるわ……。分かったら軍師殿に連絡する」
そう言って老人は立ち上がって窓から外を見た。
「よろしくお願いします」
礼をして榎本さんは部屋を出ていくので、俺達も続いた。
*
帝国の本隊が来るまでに数日かかると思われるので、俺と野田、それに祐子さんは地球から物資を転送した。
食料や医薬品は日本から、手榴弾や軽機関銃などの武器は外国から買ってきた。
かなり散財したが、隣のカマリア王国からクズ銀と呼ばれている、ロジウム含有率の高いプラチナをありったけ輸入すると議長が約束しているので問題はない。
使った費用は何倍にもなって返ってくる。まあ、先行投資ってやつだね。




