第90話、吊り橋
トラックはミッキー老人の家に転送した。
見慣れてきた広い庭には、アマンダ共和国の軍人がたくさん動いている。この邸宅は、本格的に作戦本部として機能してきたのか。
三階に上がって榎本軍師の執務室に入る。その広い部屋には中央に大きなテーブルがあり、その上に地図が広げてあった。
「よお、ご苦労さん」
俺を見た重松さんが手を上げた。
「この家もにぎやかになってきましね」
「ええ、私が直接指揮する予備兵力の千名が駐留していますから」
大きな机に座っている榎本さんが説明してくれた。金色マントは壁に掛けてある。
その横にはアマンダ共和国の軍服を着た男が直立していた。
「初めまして、私はジョンソン連隊長です」
そう言って敬礼する姿は身についている。重松さんと同じ、根っからの軍人タイプか。
身長は俺よりも高く、引き締まった体をしている。良く訓練されているのだろう。
「あ、どうも……佐藤です」
そう言って頭を下げる。野田と祐子さんも自己紹介した。
「ピー、こちら偵察隊。本部、本部、応答せよ」
部屋の隅に置いてある通信機から声がした。
重松さんが駆け寄ってマイクを取る。
「あー、こちら本部。状況を報告せよ。送れ」
「敵が橋を渡り始めました。送れ」
重松さんは振り返って榎本さんを見る。軍師は強くうなずいた。
「そのまま偵察を続けろ。送れ」
「偵察隊、了解しました。通信を終了します」
ジョンソン連隊長と重松さんが中央のテーブルに集まる。
「どういうことですか?」
俺が聞くと、重松さんは地図を指さした。
「帝国軍は崖に掛かっている吊り橋を渡ってきたのさ」
確か、そこは高い崖に設置してある大きな吊り橋のはず。
「他の道はダイナマイトで崩してバリケードを作ったからな、帝国は、その橋を通ってくるしかない」
そう説明してヒゲ面の重松さんが小さくうなずいた。
「だったら、その橋も壊してしまえば良かったじゃないですか……」
俺が言うと、重松さんと榎本さんは難しい顔をする。
「そう提案したのですが、議長が反対するのです。その橋は大金をかけ、苦労して架設したので壊したくないと言うのです」
榎本さんが首を振った。
「帝国が攻撃してくるというのに、そんな悠長な……」
野田が言って、ため息をつく。
「議長にはお考えがあるのです! キャンベル帝国を撃退した後のことを考え、鉄材を輸出するための輸送路を壊したくないのですよ」
ジョンソン連隊長が語気強く言った。彼は議長のことを信奉しているのか。アマンダ共和国においては議長が絶対的な存在らしい。
しかし、そんなことを言っている場合かなあ……。
「それで、それなりの数の敵が渡ってきたら、攻撃して損害を与えてから橋を壊すことにしました」
榎本軍師が言った。
そうか、タダで橋を壊すのではなく、敵の損害という付加価値を付けて壊すことを了承してもらったということか。やれやれ、雇われ軍師も苦労するなあ。
アマンダ共和国軍は帝国軍を迎撃することになった。
榎本軍師と重松兄妹、それになぜか俺と野田もショットガンを持ってウニモグに乗り込んだ。
トルディア王国の防衛戦で活躍した歴戦の勇者だから当然だろ、と重松さんに笑って命令されたのだ。俺は確か司令官のはずだが……。
軍師の近衛兵、百名を連れて高機動車は吊り橋に向かった。




