第9話、トンズラ
「そんなことが佐藤にできるのかよ」
野田が手に盛った金貨をジャラジャラと袋に中に落とすと、耳に心地よい金属音が響く。ああ、良い音。
「そうだよ、俺達三人は悪魔のコパルに飛ばされてしまったんだから、あの娘に頼むしかないだろ」
俺は袋の中をかき回しながら香奈恵に言う。
「そうかしら……だって、悪魔は異世界に行く能力を与える、と浩二に言ったんでしょ」
あ、そうか。
「つまり、あんたに転送能力を授けたということじゃないかしら」
テーブルに肘をついて手を組み、それにアゴを乗せている香奈恵。
エバの碇ゲンドウのように上から目線の言い方だ。
「でも、どうやればいいのかなあ。呪文でも唱えればいいのか?」
マジで俺に特殊能力が宿っているのだろうか。
「具体的なやり方は知らないけど、とりあえず日本のことを強く思ってみれば?」
彼女が言うような、そんな単純なことかなあ……。
でも、ここに居ても帝国との戦いに巻き込まれてしまうだろう。何の取り柄もない俺達が敵と戦えと言われても困っちまう。まいっちんぐ真知子先生だぜ。
日本に帰るしかない。
こちらに転送してきたときのように二人は俺にしがみついた。
もちろん、金貨の袋はしっかりと握っている。異世界で手に入れた物も転送できるか心配だが、やるしかないだろう。
俺は目をつむって日本のことを思い浮かべる。
楽しい記憶が少ない世界だが、ここは日本に帰るのが一番だ。それに金貨が手に入ったから当分の間は贅沢ができる。
日本に帰ればウハウハだぜえー。
東京で豪遊することを思い浮かべたら目の前がゆがんできた。
ああ、あのときと同じ感じ。
直後、視界が閉ざされたように黒くなった。
*
気がつくと崖の上。下から波の音が聞こえ、夜の潮風が緩やかに過ぎてゆく。
「帰ってきたのね……やったあ!」
香奈恵が軽くジャンプする。そして、不思議そうに体をなで回す。
「やだあ! 元に戻ってる」
見ると彼女は34歳の体に変わっていた。野田も同じで、元の小太りオヤジに変貌している。……ということは、俺も同じか。視線を下に向けると、出っ張った腹が見えた。
「もしかしたら、夢だったのか……」
俺達は集団催眠のようになったのかも。
「いや、そうじゃないみたいだぜ」
野田が手に持った袋を振るとジャラジャラと小気味よい音がする。
そうか本当に異世界に行ったのか。
辺りを見回すと月明かりの下に香奈恵のダイハツ・タントが停まっている。その後ろにはシートが敷いてあって、飲みかけのビール缶が転がっていた。あのときと状況は変わっていない。
しかし、時間は経過しているようだ。転送したときは昼過ぎだったが、今は夜空に星が光っている。異世界で過ごした時間は日本でも同じように経過していたのだ。




