第89話、武器調達
俺と野田は生まれて初めてパスポートを取った。
祐子さんに同行して飛行機で中国へ。当然、ファーストクラスだ。
飛行機で行くのは、これが最後になるだろう。次回からは、異世界から転送してくれば良いのだから。
それは密入国となるが、アマンダ共和国を守るためだから仕方がないよね。
空港に着いてからタクシーでホテルまで。資金は潤沢なので、かなり立派なホテルだった。
そこに一泊してから、翌朝にチェックアウトした。
ホテルの玄関には薄汚れたバンが止まっていて、アロハシャツを着た、うさんくさい男が立っていた。車には七人くらい乗車できるようだが、誰も乗っていない。
祐子さんが中国語で話しかける。
相手は少し会話してから親指を立てた。
「じゃあ、行きましょう」
無口な祐子さんがバンに乗り込んだ。俺達もビクビクしながら続く。俺達は日本語しか話すことができないから、彼女とはぐれてしまったら途方に暮れてしまうだろう。いや、いざとなったら異世界に転送してしまえば良いのか。
車は混雑した道路を走っていたが、しばらくするとガラガラになった。
「祐子さんは中国に来たことがあるんですか」
横に座っている彼女に聞いてみた。祐子さんは寡黙だったので、今まであまり話したことがない。切れ長の目をした日本女性的な美人だが、戦いにおいては源平合戦に出てくる巴御前のように強い。
「ええ、兄と一緒に何度も来たことがありますよ」
「はあ、そうですか……」
えーと、あとは何を聞こうかな。
「どうして重松さんは自衛隊を辞めたんですか」
少し祐子さんの顔つきが変わった。聞いちゃマズかったか。
しかし、重松さんにとっては天職ともいえる自衛隊を辞めたのには深い理由があったのだろう。どうしても俺は聞きたかった。
「兄は上司とケンカして自衛隊を飛び出したんです……」
「ケンカですか……」
気の強い重松さんならあり得るか。まあ俺と同じケースだな。
「別に兄が悪いわけじゃなかったんですよ。上官から自分の借金を押しつけられたので断ったら争いになったんです」
「えっ、自衛隊ではそんなことがあるんですか」
学校でのイジメのようだな。
「まあ、一部の人間ですけどね……。兄の友人の藤堂さんは正義感の強い人で、兄をかばってくれたんですが、なんかゴタゴタともめたせいで藤堂さんも辞めてしまったんです」
祐子さんの声が暗い。たぶん、そのせいで彼女も自衛隊を退職したのだろう。
それからは何も話さなかった。
バンは工場が建ち並んでいる地域に入っていく。そこは小さな町工場がたくさんあって、東京の羽田地域を思い出させる。
やがて車は大きくて古い倉庫に入っていった。
車は倉庫の中に進入して止まる。すると、シャッターが閉められて倉庫の中は薄暗くなった。
祐子さんが車から降りて、中央に停めてある二トン車に近づく。その回りには中国人と思われる数人の男達。武器の密売屋か……。
商談が始まったらしい、何やら話し合っている。そして、祐子さんはトラックの荷台に飛び乗り、積んであった木箱のフタを開けた。
彼女は中からボールのような物を取りだしてチェックしている。近づいて見ると、それは手榴弾だった。
話はまとまったらしい。祐子さんは荷台から飛び降りて、ショルダーバッグから札束を取り出してアロハシャツを着た男に渡す。にんまりと男が笑って親指を立てた。
祐子さんが運転してトラックは倉庫から出た。武器と一緒にトラックも買ったのか。
「祐子さんは免許証を持ってるんですか」
俺が聞くと、彼女は首を横に振る。
「国際運転免許証は持っていますが、中国では使えません。まあ、違法運転ですよね」
そう言って苦笑いしていた。
車は林の中に入っていく。
「この辺でいいでしょう。では佐藤さん、転送をお願いします」
そう言って俺の方を向く祐子さん。
周りに人影が無いことを確認して、俺は意識を集中した。
木漏れ日が草っ原に点々と落ちている風景。それがゆがんで漆黒の闇に落ちていった。




