第86話、XL
広い客間に皆が集まった。
すり切れた古畳の上、俺は一人で正座する。周りには野田とアズベル、それに重松さんと榎本さん。皆は俺に注目している。アズベルは何が起こるのかと目を丸くしていた。
これから俺は、この薄暗い部屋で悪魔召喚の儀式を行うのだ。
「コパル様、コパル様、お出ましになって下さいませ」
両手を挙げ、平伏して呼び出す。
「偉大な悪魔のピエロ、コパル様。どうか私の願いをお聞き願いまするぅ」
俺はアラーの神に祈るように何度も頭を下げた。アズベルは目を細めてバカを見るような視線。
「久しぶりだわよね」
聞き覚えのある声に上体を起こすと、幼女悪魔のコパルがフリフリのエプロンドレス姿で宙に浮かんでいた。
おおーという重松さんの驚きの声。アズベルは言葉を失っているよう。
「コパル様、今日はお願いがあってお呼びいたしました」
「何よ?」
「転送の時の重量制限を何とかしてくれないかと……」
コパルはペタンコの胸にたれていたツインテールの片方をピントはじいて背中に飛ばす。
「それは、ちょっとプログラムが面倒なのよね……」
「何とかなりませんか」
「それよりも、あんたは王になるんじゃなかったの? 最近、異世界に転送していなかったし、やるきあんの? まったく、つまらないだわよ」
腕組みをして、文字通り空中から俺を見下している。
「いや、それは……」
なんだ、コパルは俺が異世界でアタフタするのを見たかったのか。
「まあ、いいわ。とりあえず、私を楽しませてちょうだい。ちょっと、そこの人間」
小さな手で野田を指さす。
「は、はい。俺ですか」
「そうよ。あんたが隠し持っている魔法少女とやらの服を着て、サトウと芝居をやってみてちょうだいな」
「えっ」
青ざめている野田。
「押し入れに奥にある、男が着ることができるサイズの衣装のことよ。えーと……コスプレと言ったかしら」
俺の友人はダラダラと冷や汗を流している。そんな物を買っていたのか、通販で手に入れたのかな。
「早くしなさい!」
「と、言われましても……」
野田は真っ赤になっている。
「あー、もう。面倒くさいだわよ」
コパルが手を振るとバトンが現れた。その先端にはハートのパーツが付いている。
「コスチュームチェンジ!」
そう言ってクルリとバトンを回す。するとTシャツを着ていた野田がピンクのワンピース姿に変わった。赤とピンクを基調としたミニスカート。腰の後ろには大きなリボン。魔法少女ジュリアの変身後のコスチュームだった。
「あー!」
野田の黄色い声が部屋に響く。
「サトウ。あんたもよ」
俺の方を向き、またコパルがバトンを回す。
汗臭いシャツの感触が消えて、独特な肌触りの服に変わった。
下を見ると黒っぽいハーフドレスで、袖やスカートの裾には白いフリフリ。頭の上にはメイドさん風のカチューシャが付いていた。
「あー!」
俺も黄色い声を出す。
それは魔法少女ジュリアのライバル、魔闘少女マフユのコスチューム。
野田の野郎は、こんなXLコスプレ衣装を集めていたのか。
周りを見ると、重松さんたちは口を開けて思考停止している。
俺の人生で初めての女装だった。




