第75話、上司
初夏の平日、俺達は高速を通って横浜の公園に向かっていた。
前を走るのは野田のランボルギーニ。その後ろを俺のフェラーリがついていく。晴れ渡った空の下、オープンカーに乗って閑散とした道路を走るのは気持ちが良い。
ようやく俺は左ハンドルに慣れてきた。数年ぶりの運転なので、わざわざ大井ふ頭などに行って練習していたのだ。
野田はトルディア王国から亡命(?)してきた少女、アズベルを助手席に乗せている。彼は16歳の少女に執着していて、欲しい物はすべて買ってあげているようだ。その代わりとして魔法少女ジュリアのコスプレをさせて写真を撮りまくっている。そして、そのことは香奈恵に絶対内緒だと彼から口止めされていた。
仕方のないやつだと思うが、俺も34歳のアニメオタクなので偉そうなことを言える立場ではない。それにアズベルのコスプレ写真は可愛かったし。
緑のスーパーカーは公園の駐車場に入っていった。俺の赤い車も続いて行く。
平日の駐車場は数台しか停まっていない。入り口付近だと出入りする車から注目されると嫌なので端の方に向かった。しかし、野田は運転席から手を伸ばして一台の車を指さし、そこに近づいて行く。
「上司がいるぞ、ジョーシだ」
野田が示す方を見ると、それは見覚えがあるシルバーのカローラ。前に勤めていた会社の、憎たらしい上司のマイカーだった。
会社でいじめられたことを思い出す。ホント、頭にくる男なんだよな。
野田がカローラの左に入り込んだ。俺は上司の車を挟むように右に停車。野田は車から降りて声をかける。
「よお、上司。元気だったか」
声を掛けられてカローラから出てきた小太りのオヤジ。俺と似ている体型をしている。どういうわけか、それが憎たらしい。
「野田かよ……お前ら、何をやっているんだよ。まだ無職なのか?」
嫌みを言われても、俺達は大金を持っているので気にしない。
「あんたこそ、まだビル管理の仕事をやっているのか。いつも会社に泊まり込んで大変だな」
野田が薄笑いを浮かべている。舌打ちをする上司。
「なんだよ、お前達は……プラモデルのような車に乗りやがって。ちょっと変形してミサイルでも発射してみろよ」
相変わらず口の減らないやつ。
「そうもいかないさ。最近はミサイルも高くてな。この車もあんたのマイカーが二十台以上買えるくらいの値段なんだよ」
上司は口をゆがませている。
「まあ、将来はどうなるかな。仕事が欲しくなったら俺の所に来い。トイレ掃除の仕事でも世話してやるからよ」
「それはあんたのライフワークとして取っておけばいいさ。お金がありすぎて俺と佐藤は使い道に困っているくらいだからな」
何事が起こったのかと、アズベルがランボルギーニから降りてきた。白いワンピースにポシェットが可愛い。上司が目を丸くして美少女を見つめていた。こいつも女には免疫がないんだな。
「……なんだよ、野田はいつからロリコンになったんだ?」
カチンときたようだ。野田が目を細めている。
「うるせえよ、このホモ野郎! お前は所長のケツでもなめていろ」
目をむいて野田を睨みつける上司。
やつは、所長に取り入って自分の地位を安泰にしている。そんなやつなんだ。
野田と上司は睨み合ったまま無言の状態。ほのぼのとした公園にピリピリとした空気が張り詰める。
暴力を振るうほどバカではなかったようだ。上司は息を吐いて車に乗り込む。そして、乱暴に発進して駐車場から出て行った。
「ざまあみろ」
そう言って野田は親指を立ててグッジョブのサイン。俺も笑ってサインを返す。ああ良い気持ち。大金を持っていると精神的にも余裕だな。……いや、大金を持つと人はバカになってしまうのか。
俺はフェラーリの屋根を閉じて車を降りた。




