第66話、宮廷祭司
戦勝会の広間。
占い師のアズベルが料理をバクついていると、ウォルターの部下が呼びに来た。
「後じゃダメですかぁ」
モグモグ食べながら聞いたが、すぐに来て欲しいという。
仕方なく、キャサリン姫の寝室に向かった。
重そうな両開きのドアをノックすると、中の姫から入るようにとの指示。
「失礼しますですぅー」
扉を開けるとキャサリン姫と近衛隊長のウォルターがいた。
大きな窓には細かい刺繍がされたカーテン。奥には天蓋つきのベッドがある豪華な部屋。しかし、二人の周りは、ぎこちない空気が漂っていた。
「あなたも話を聞いたはず。あのサトウは王の座を簒奪するつもりなのです」
キャサリン姫が言い切る。険しい表情でも美しさは変わらない。
「しかし、それは酒の上でのことだと聞いております。誰でも泥酔してしまえば酒の中の魚、思っていないことでも言ってしまうでしょう」
ウォルターは佐藤をかばう。
「確かにサトウ殿は勇敢というわけではない。欲が深いし臆病なところもある。しかし、根は善良な人間です。この王国に仇なすことなどできる人ではない」
今まで共に戦ってきた同士。佐藤のことを良く知っている。
「でも、サトウは何もしていないでしょう。戦いに貢献したのは軍師やシゲマツであって、彼は日本という国を行ったり来たりしただけではありませんか」
「彼の転送能力のおかげで軍師殿や重松さんが来てくれたし武器も運んでくれた。結果的にトルディア王国を救ったのはサトウ殿なのです」
ウォルターの説得に横を向く姫。
「とにかく、わたくしはサトウというやつを信用できません」
強情な姫にため息をつくウォルター。
「お父様のためにもトルディア王国のためにも災いの芽は摘んでおくものです」
美形の剣士は沈黙している。
「ウォルター近衛隊長!」
姫は剣士の目を見据えていた。
「はい……」
「サトウを殺して、他の者は投獄してしまいなさい」
ウォルターは目を見開いた。まさか、優しい姫からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「し、しかし、彼らは救国の英雄なのですよ。サトウ殿を殺したら王も黙っていないでしょう」
「お父様にはわたくしから言っておきます。まったく、お父様もお父様だわ。わたくしをあんな素性も分からない男に嫁がせるなんて……」
白くて細い指。ハンカチを強く握りしめている。
「それは……王様がお決めになったことですから……」
キッとウォルター方を向く姫。
「あなたはそれでいいの? このわたくしが変な男の所に嫁に行ってもよろしいというのかしら」
ウォルターは下を向いて黙り込む。
「ウォルター騎士!」
姫の語気の強さに思わず片ひざをついた。
「あなたを騎士に叙任したのはわたくしです。憶えていますか」
「……忘れるはずがございません」
「わたくしがあなたの肩に剣を置き、騎士になることを命じたときに、あなたは何と誓いましたか」
「命を賭けて姫を守りますと……」
「その前です!」
「姫のご命令なら、どのようなことにも従いますと……誓いました」
ため息をついて薄ら笑いを浮かべるキャサリン姫。
「では、その誓約を果たしてちょうだい。ウォルター近衛隊長」
「はい……」
剣士の端正な顔はゆがみ、唇をかみしめていた。
姫はアズベルの方を向く。
その視線の鋭さにビクッとする宮廷占い師の少女。
「アズベル宮廷祭司」
「はひっ!」
「あなたはサトウの所に行って彼が転送しそうになったら、それを止めてちょうだい。召喚できたのだから逃げないように魔法で転送能力を封じることができるでしょう」
「は、はあ」
アズベルは力なくうなずいた。
彼女にそんな力はない。召喚に失敗したので、町をうろついていた佐藤達を勇者に仕立てて連れてきただけ。
「では、すぐに行って、ウォルターの用意ができるまで佐藤を監視しているのです」
「は、はい、分かりましたぁ」
アズベルは部屋を出て軍師の執務室に向かう。いつも佐藤はそこにいるからだ。
少女は困惑していた。佐藤が転送してしまったら、魔法を使えないことがバレてしまう。
「牢屋にぶち込まれるかしら」
不安が高まり、思わず独り言が漏れる。
黒い思惑が頭の中を駆け巡り、アズベルには暗い未来しか見えなかった。




