第56話、コーヒー
「ウォルターさんはちょっと……」
榎本さんが首を傾ける。
「どうしてですか。私が敵に討ち入って暴れまくってきますよ」
毅然と言う美形の剣士。
「この場合はショットガンの方が有効だ。あんたが接近戦で戦うと銃撃しにくくなるんだよ」
重松さんが苦笑い。
そうか、間違って彼を撃ってしまう恐れがあるからなあ。俺達は素人だから。
「では、敵兵と見分けがつけばよろしいのですよね。軍師殿、そのマントを貸していただけませんか」
「ああ……はい」
榎本さんはマントの肩ヒモをほどく。
そうか、金色マントなら夜でも目立つよな。それなら誤射の心配はない。
「まあ、いいか」
重松さんが腕組みをしてうなずいた。
「じゃあ、佐藤さんと野田さん。よろしく頼むわ」
笑って敬礼する重松さん。もう断れるような状況ではない。やるしかないのかよ……。
俺と野田、それに剣士ウォルターさんは一緒に転送することになった。
直接、敵の中心部に行くような転送オプションはないので、日本に転送してから異世界に戻ってくるという順番。
もうすぐ、敵の攻撃が始まるような雰囲気が漂う。
俺の肩を握る二人の手。片方は震えている。
「じゃあ、行ってきます……」
気が重い。
「頑張って下さいね」
「ええ、任せて下さい」
榎本さんの見送りの言葉に、力強く答えるウォルターさん。
彼には金色のマントが似合っている。まるで王様のようだ。
俺は家の庭を思い浮かべた。
*
三人は野田の家に転送。
懐かしいと感じるような久しぶりの庭先。窓からの明かりが庭の雑草を照らしている。
家の中に入ると、居間では香奈恵が寝転んでスマホをいじっていた。
「ただいま」
野田が言うと彼女はスマホから目を離して上体を起こす。
「ああ、お帰りなさい。それで、帝国軍は撃退できたの?」
いつもながら香奈恵は気楽だなあ。
「それどころじゃないよ。こうしている間にも城が落ちそうだ」
ドッカリと畳の上にあぐらをかく野田。
「あらま、それは大変ね」
「だから、また異世界に転送しなければならないんだよ。今度は敵のど真ん中に行って戦うのさ」
ため息と共に俺が愚痴をこぼす。
「あらまあ、それは大変ね」
まったく、彼女にとっては他人事だよな。
「それにしても、ウォルターさんは派手な服装ねえ。それがトルディア王国の軍服なのかしら」
「いえ、違います。軍師殿から拝借したのですよ」
実直に答える剣士。その格好で、夏に開催される例の会場に行けば、良くできたコスプレとして女の子達からもてはやされることだろう。
「すみません、コーヒーをもらえませんか」
そう言ってウォルターさんが座ってテーブルに着く。
彼はコーヒーを気に入ったらしい。
四人でコーヒーをチビチビと飲む。ウォルターさんはブラックだが、俺と野田は砂糖を入れないと飲むことができない。香奈恵は飽和状態になるくらいに砂糖を入れている。
俺の横にはショットガン。いつも祐子さんが手入れしてくれているので、故障したことがない。
「では、そろそろ行きましょうか」
ウォルターさんが立ち上がる。ああ、行かなければならないのか。
俺と野田はノロノロと立ち上がり、散弾が充填されたマガジンをベルトに取り付ける。家に残っていた弾は全て腰に装着した。
黄金マントのウォルターさんは、剣を途中まで抜いて刃先を確認している。
「万が一の時は、私を置いて帰ってしまっても良いですから」
俺に言って、カチンと鞘に収めた。
「そうですか……」
そうもいかないだろうな。
俺達は靴を履いて庭に出た。
ショットガンを持って安全装置を外す。そして、俺の両肩に手を置く二人。
俺は、向こうの地形を思い浮かべる。すぐに目の前がゆがんできた。




