第50話、戦闘開始
帝国軍は両翼を広げて都市を包囲しようとしている。まるでそれは森が動いているようだった。
カスター将軍は夜襲を提案したが、それは敵も想定しているので、むやみに攻撃しない方が良いという榎本さんの意見で却下された。
将軍は露骨に不満そうな表情。二人は本当に仲が悪いんだなあ……。将軍は榎本さんの才能をとりあえず評価しているし、王様の命令もあるので渋々と従っているよう。
帝国軍は包囲を完成しようとしているが、ただ黙って見ていても仕方がないので食事をして寝ることにした。
豪華な夕食だったが、完全に包囲されて戦闘が続けば粗末な食事に変わっていくことだろう。
*
ドラの音に起こされた。
城に響く金属音。天蓋つきのベッドから飛び起き、あわてて服を着る。
とうとう戦争が始まったのだ。
朝日に照らされた西門の城壁に登ると、すでに重松さんと野田が銃を構えていた。祐子さんは双眼鏡を持って立っている。前方からは帝国軍が大声を出して突撃してくる姿が見えた。城壁は十メートルを超える高さであり、そこからは向こうにある敵の本営も確認できた。
「佐藤さん。では、頼むぜ」
そう言って重松さんからショットガンを渡された。それは弾倉カートリッジを交換できるタイプ。俺達の後ろでは女や少年がカートリッジに弾を込めている。それは弾込め要員だった。兵数の差が大きいので、女子供も戦闘に参加しなければならない。
怒声を上げて敵が西門に向かって攻めてきた。先頭は歩兵と騎兵の連合部隊。銃声がしたので横を見ると重松さんの狙撃銃から煙が上がっている。元自衛隊員は、ためらいもなく銃撃できるのか。
城の向こうでは隊長らしい騎兵が馬から放り出されていた。重松の銃の腕は天才的なよう。
重松の斜め後ろでは祐子さんが双眼鏡で敵を見ていた。祐子さんが偉そうにしている敵を判別し、おおよその位置を重松さんに伝える。それを聞いて重松さんはスコープで狙って狙撃するのだ。
腹が寒くなり、俺が持っているショットガンの銃口が震えている。
ここまできたら……やるしかない。
俺も敵に向かって引き金を引く。
炸裂音がして散弾が人間めがけて飛んでいった。敵が数人倒れたようだが、はっきり確認できない。……死んだのかな?
腹の奥が冷えてきて体が震える。
俺の銃にはスコープが付いていない。素人が撃っても狙ったところに当たらないと榎本さんが言うので軽くするために外してある。
榎本さんは金色のマント翻して、ライフルで敵を攻撃していた。殺人というものに迷いはないのだろうか。
銃の方が射程が長いので、遠くは銃で攻撃し、近くに寄ってきた敵には弓矢を放つ。城壁に取り付いた兵には熱湯を浴びせてやった。
戦争とは何だろう。人を殺すとはどういうことか。
平和な時代に人を殺せば逮捕されるが、戦争で大勢を殺せば英雄となって勲章がもらえる。
軍隊という組織に組み込まれると善悪の判断や余計なことを考えなくなるのか。
歯車となって何も考えずに人を殺す。仲間が敵を殺しているので俺も殺す。敵が俺を殺そうとしているから殺す。仲間が殺されたから殺す。憎いから殺す。鬼畜米兵やっつけろ。家族を守るために殺す。お国のために殺す。ギブミーチョコレート……。
戦争では人の命というものが羽毛のように舞い上がるのだ。
地響きをたてながら敵はドンドン攻めてくる。他の方角は塹壕があり、隠れている兵が弓で攻撃しているので、うかつに近づけない。だから、障害物がなくて真っ平らな西側は自然に敵が集中してくるのだ。
敵は大軍なので、惜しみなく兵を投入している。そのため俺達の前方には敵が密集して身動き取れないほど。そして、それが榎本さんの作戦だった。ひしめきあい、動きが鈍くなっている敵に集中攻撃する。敵は大軍というスケールメリットを有効活用できずにムダに兵を消耗していくことになるのだ。
城には弱点があった方が良いのだろうか。
俺は次々と散弾を敵に撃ち込む。空になったカートリッジを後ろに放り投げると、オバサンが充填されたカートリッジを渡してくれた。
隣の野田は「チクショウ、この野郎」と怒鳴りながら銃を撃ちまくる。恐怖を感じながらも俺はショットガンの散弾を敵に浴びせ続けていた。




