第43話、チャンス
八十歳くらいだろうか。小柄で痩せている。ミッキーという愛らしい名前とは似つかない、ネズミが潰れたような顔をしていた。灰色をした浴衣のような服を着ている。
「久しぶりだな。ウォルター剣士」
低い声なので集中しないと聞き取れない。
「お久しぶりです。議会顧問」
そう言って深々と頭を下げるウォルターさん。俺達もお辞儀をした。
「あんたが直接、出向いてくるとは思わなかったな。今日はどんな要件かな」
「はっ、キャンベル帝国との戦いのことです」
ウォルターさんは今までの経過を説明した。
うーん、と言って席を立つ老人。部屋の端には手すりがあって、そこに行って下を見ていた。
床が丸く切り取られたようになっていて、そこから下を覗くことができるようだ。その大きな穴からは、何やら水音が聞こえてくる。
「将来的にはアマンダ共和国にも有益なことだと思うのですが……」
不安感が増しているようなウォルターさん。老人は下を覗いたまま動かない。
「お土産をお持ちしました」
そう言って重松さんが木箱を前に出して蓋を開けた。
中には金や銀、それに光り輝く宝石類。
「おおー」
老人の顔に赤みが差す。箱に近寄って金貨を手に取る。
「そうか、そうか……まあ、良いだろう」
ミッキー老人は満足そうに笑った。
「よし、議会にはワシから話をつけておく。会議の場を設けてやろう。そこで議会を説得すれば良かろう」
金目の物を見た途端に態度を変えやがった。
「顧問殿は会議に参加しないのですか」
ウォルターさんが聞いた。会議の場でフィクサーを味方にしようというのか。
「ワシは機会を与えてやるだけだ。後はそっちでやってくれ。最後まで面倒を見る気はない」
ニヤつきながら、また穴の方に向かう。
「そうですか……ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
ウォルターさんが腰を曲げて頭を下げた。
まあ、これでチャンスは得たという訳か。
「ああ、それからだな……」
老人がこちらを向く。
「あんた達が乗ってきた、あの変な乗り物もいただこうかな」
平然と言う老人。
「何だよ、財宝だけじゃ足りないのかよ」
前に出て吐き捨てるように言う野田。それを聞いてムッとする老人。
野田を手で制して、ウォルターさんが取り繕う。
「分かりました。しかし、それは会議でこちらの話が通ったら差し上げるということにしたいと思います」
口の端を曲げて、フンと息を吐く老人。
車が欲しければ、こちらの要求を通すように画策してくれという意味だ。
「……まあ、いいだろ」
老人は戸棚を開けて、骨付きの肉を取り出した。
「そこの若いの」
野田にこっちに来いというように手で招く。
「あ、俺ですか?」
野田は愛想のない顔で穴の近くに行った。あいつの実年齢は三十代半ばだが今は高校生くらいの容姿だ。
「ちょっと、下を覗いてみろ」
老人に言われ、手すりに体を寄せて下を見る。
「あっ」
野田の表情が変わる。
どうしたのかと俺達も近寄っていった。
下はプールになっていて、何やらうごめいている。
「エサの時間じゃ」
老人が肉の塊をプールに落とした。
ジャバジャバという激しい水音がして肉を取り合う数匹のワニ。人間の身長ほどの大きなワニが水をはねて暴れている。
「今は牛の肉だが、人間を落としたらどうなるかのう」
そう言って、キヒヒと笑う老人。
俺達は唖然として黙り込む。ふと見るとウォルターさんはソファに座ったまま眉間にしわを寄せていた。ワニのことは知っていたようだ。
老人の世話をしているという女性は部屋の壁に張り付いて青ざめている。こんな趣味の悪い老人の世話をしなければならないとは気の毒なことだ。




