第32話、渡河とか
「じゃあ、行きますよ」
俺と重松さん、それに祐子さんは手をつないで輪を作った。
小さな照明に照らされている庭。車の近くで、「かごめかごめ」をやるようにリング状になる。それを野田達がジッと見ていた。
俺は異世界をイメージする。立ち往生した崖の風景。何度もやっているのでコツがつかめてきた。
貧血になったように視界が回り出す。やがて黒い渦の中に飲み込まれた。
*
転送したら目の前は暗かった。月も出ていないので、山の中は真っ暗だ。
「ああ、やはりウォルターさんの言ったことは本当だったんですね」
重松さんは、若返った俺を見て驚き、さらにライトで辺りを照らして異世界に来たことを実感しているよう。しかし、重松さん達は元のままだ。若返りのサービスは終了したのか。
「例の亀裂は向こうです」
俺もライトを点灯させて、崖の方に向かった。
さっそく、重松さんは手前の崖の状態や向こうの岸を強力なライトで照らして状況を把握している。
「うん、なんとかなりそうだ」
そう言って重松さんはリュックからライフルのような物を取り出す。
祐子さんは慣れた手つきで、それに金属の缶を取り付けた。缶の中はギッシリとロープが巻かれている。
彼女が向こう岸をライトで照らし、重松さんがライフルをその方向に向けた。
パンという破裂音がして、ロープが飛ぶ。缶の中のロープはスルスルとほどかれて向こうの茂みまで届いた。
「よし」
重松さんが太い腕でロープを思い切り引っ張る。
「確実に引っかかったようだ」
後は二人がテキパキと作業をこなし始める。
ロープは、こちら側の丸太にくくりつけた。吊り橋が取り付けられてあったベースだ。
「じゃあ、見本を見せますので。同じようにして渡って下さい」
重松さんはロープに滑車を取り付け、短いヒモで自分のベルトに連結した。
そして、いきなり、さーっとすべっていく。向こう岸の方が低いので、何もしなくても自動的に渡ってしまう。
「では、どうぞ」
祐子さんの言葉を初めて聞いたような気がする。
彼女の言うとおりベルトを締めて、滑車に連結。下を見ると真っ暗闇で底が見えない。落ちたら死ぬよな。
「下は見ないで、ゆっくりと渡って下さい」
やれやれ。この歳になって、なんで忍者ごっこのようなことをしなければならないのか。
ロープを握って、ゆっくりとすべっていく。
向こう岸に着いたときは重松さんがアシストしてくれた。やっと亀裂を渡ることができたのだ。
ロープはそのままにして、西に向かって歩き出す。
車が通ることができるほどの道幅はあるのだが、通行させないために帝国が障害物を置いてあるかもしれないので、それを確認しなければ。
「あの、佐藤さん」
いきなり重松さんが話しかけてきた。彼は重いリュックを担いでいるのだが、息は乱れていない。
「え、なんでしょう」
「これから共和国とやらに行くんですよね」
「はい、そうですけど」
「良かったら俺も連れて行ってもらえませんか。レンジャーを持っているのでボディガードとして役に立ちますよ」
彼の声に張りがある。この世界に何かを期待しているのか。
「そうですね……」
これからどうなるか分からない。強そうな重松さんを同行すれば頼もしいかもしれない。しかし、レンジャーを持っているとはどういうことだろう。
「ぜひ、お願いします。危険な目に遭うかもしれませんが、それでも良ければ」
無精髭の重松さんが満足そうにうなずく。
しばらく歩いたが特に問題が無く、開けた場所に来た。遠くまで道が続いているのが見えるので、ここからなら車で行けるだろう。
朝日が草原を照らし始めた。




