第28話、世襲
目が覚めると、車の外ではウォルターさんが剣の稽古をしていた。
こんな時でも訓練を欠かさないのか。さすがは剣の達人。
「お早うございます」
車の外に出て挨拶すると、向こうは笑顔で応えた。
山中の朝はすがすがしい。日本で、良くキャンプする人がいるのだが、その気持ちが分かるような気がしてきた。
野田も起き出してきたので、地面にシートを引き、香奈恵が作ってくれたオニギリを食べた。ウォルターさんには初めてづくしのことだろうが、お米のオニギリは気に入ったよう。
昼食を食べてから、すぐに出発。
今度は俺が運転席に座った。隣ではウォルターさんがシートベルトを締めている。後ろの席では野田が二度寝を楽しむ。
軽快なエンジン音を響かせ、木漏れ日の中を走らせていると、戦争など無縁なように思えてきた。
暇なので助手席に話しかけてみる。
「ウォルターさんは、いつから近衛兵を務めているんですか」
美形で優しそうな彼には戦いなど似つかわしくない気がする。
「いつからというか……私の家系は代々、近衛兵を務めているので、生まれながらにして剣士を運命づけられていたのですよ」
彼はにこやかに笑っている。仕事の襲名制に疑問を持つこともなく定めを受け入れているのか。
「他の仕事をしたいとは思ったことがないんですか」
俺が尋ねると、彼は困ったように首をかしげる。
日本なら自分の好きな仕事に就いて、嫌なら辞めれば良い。そんな気楽な世界に比べて異世界は大変だな。
「私は今の役目に誇りを持っているので、他の仕事をしたいとは思えません。姫の警護を任されていることが私の天職だと思っています」
迷いのない表情。仕事にプライドを持つことができるというのは立派なんだろうな。それに比較して俺達は自堕落に生きている。本気で自分が納得する道を探してきただろうか。
曲がりくねった道をボンヤリと妄想しながらハンドルを切っている。
「止めて下さい!」
怒鳴り声に、慌ててブレーキを踏む。
ウォルターさんの横顔は険しい表情だ。前を見ると道が途切れていた。
ドアを開けて彼が外に出る。起伏の多い道なので、もっと前方に気を遣うべきだったか。彼が制止してくれなければ車は崖下に転落していたかも。
外に出て、クレバスのように大きく開いている亀裂を見た。
向こうまでの距離は五十メートルくらいで、深さは……遠くて底がよく見えない。
「以前は通ることができたのですが……」
剣士の顔が曇っている。
途切れている道の端を見てみると、石や丸太が組んである。元は吊り橋が架かっていて馬車くらいなら通ることができたらしい。
「トルディア王国との戦争のために帝国がわざと落としたのかもしれない」
剣士がため息をついて首を振る。
なるほど……第三者の介入を防ぐためか。
王国と戦っているときに他の国から攻められたら困るということだ。ということは、つまり榎本さんが考えたアマンダ共和国との同盟は帝国にとって脅威だと裏付けられたとも言える。




