第279話、エピローグ
木枯らしが吹く、寒い日だった。
客間の窓には薄曇りの空が映し出され、かすかに弱い日差しが差している。
俺と野田は絨毯の上で土下座していた。
「あんた達は良くやっただわよ」
俺達の前に一メートルほどの高さで浮かんでいる幼女。それは悪魔のコパルだった。
丸くて大きい目。その青い瞳が俺達を文字通り見下している。フリフリのピンクのエプロンドレスが、ある小説の少女を連想させる。ほら、あの、極度のロリコン・ストーカーが書いたやつで、ウサギの後を追いかけて変な世界に迷い込むやつ。
黒髪のツインテールが胸元にたれている小学生低学年くらいの可愛い女の子。あと10年も経てば俺のストライクゾーンに入るかもしれない。
「本当に王様になるとは思わなかっただわよ」
細い腕を組み、偉そうに言った。
「ははー」
俺と野田はへりくだった返事を返す。
王様にならなかったら馬に変えてやるとか言っていたが、この悪魔は最初から俺達を馬にジョブチェンジさせるつもりだったのか。
「褒美にサトウの転送可能重量を倍にしてやるだわよ」
「ははー、ありがたき幸せでございます」
ちぇっ、たったそれだけかよ。相変わらずケチくさい悪魔だぜ。数千の敵をなぎ倒す聖剣でもくれれば良いのに。
「では、これからも頑張るだわよ」
「ははー」
「今度は大陸を制覇するのよ。分かったわね」
「ハイッ?」
俺と野田は首を上げて幼女を見る。短めのスカートから白いパンツがチラチラ見えるのだが、それで喜ぶのは一部の男性だけだろう。
「コパル様……大陸制覇というと……?」
そう彼女に聞いてから俺は隣の野田を見る。彼も俺の顔を見ていた。
「大陸制覇は大陸制覇だわよ。異世界のキャンベル帝国やトルディア王国を征服して大陸の全てをサトウの物にしなさい」
そう言って幼女はフンと可愛い鼻から息を吐く。
「いやあ……それは、いくら何でも……」
トルディア王国はともかく、強大なキャンベル帝国を攻略できるものだろうか。それに帝国とは現在、同盟関係なのだ。あの爽やかニイチャンの皇帝を裏切って攻撃するのは気が引ける。
また、帝国の北には海上貿易で巨額の富を得ている大国もあるし、険しい山岳の奥で生活している民族もいる。それらと戦って国を奪っていくのは至難の業だ。俺の一生を賭けても無理があるだろう。
「いや、それは、ちょっと……」
「何……、あたしの命令が聞けないというの。あたしが助けなかったらサトウ達は崖下に叩きつけられてバラバラになっていたのよ」
ああ、そうだった。俺のせいで野田と香奈恵を死なせてしまうところだったのだ。
「断るんだったら、あんた達をアメフラシに変えてあげるだわよ。紫の液体を出しながら一生、海の底で生きていくのよ。いいの? それで」
ああ、それは嫌だなあ。
「どうするの? 大陸制覇か、それとも軟体生物か」
怒ったような表情で俺達を見下しているコパル。怒った顔も可愛いのだが……。
俺は野田とアイコンタクト。だが、テレパシーで会話する必要もなく一つの答えしかないよなあ……。
「分かりましたコパル様、仰せに従います」
俺の返事を聞いて、幼女は満足そうな笑顔。
「じゃあ、これからも中年オヤジがアタフタ、ジタバタする姿を見せて、あたしを喜ばせるだわよ」
そう言って空中を手でかき混ぜると、小さなバトンが現れた。先端にハートのギミックが付いている魔法少女のようなスティック。
「そーれ」
コパルがバトンを振ると、俺に火の粉のような星屑が降ってきた。
「これで転送重量は倍になっただわよ。じゃあ、異世界を統一するのよ、分かったわね」
言い捨てて、幼女は消えた。
大きなため息をついて、俺達は床に寝転がる。
「どうするよ、佐藤」
そう聞かれてもなあ……。
「選択の余地はないだろ? アメフラシになり、子供から指でつつかれて背中から紫の液体を出すという人生をお前は送りたいのかよ」
俺が言うと、野田は「あー……」と嘆きながら床を転がった。
「王国を手に入れて佐藤が王様になったのに、まだ戦わなければならないのか」
俺達の人生は前途多難。
もし、異世界を統一しても、今度は銀河帝国の皇帝になれと言われるんじゃないのか。
「まあ、とにかく、重松さん達に報告しようぜ」
野田をうながして、俺はゆっくりと立ち上がり、ドアを開けた。
客間の外にには、重松さんや榎本さん、藤堂さん、香奈恵、アズベル、それにビアンカが立っていた。……ついでに和田もいる。
「悪魔の嬢ちゃんは何と言っていたんだよ」
ヒゲ面の重松さんが笑いを浮かべながら聞く。
「今度は大陸を制覇しろと命令されました」
ため息交じりに説明。
「……それは、大変だな」
重松さんは、ハハハと軽く笑った。
藤堂さんや榎本さんも笑ってる。戦争人間は、これからもずっと戦えるのが楽しいのだろうか。
「まだ、やるの? まあ、私はプラチナが手に入れば構わないけど」
と、香奈恵。その横では、アズベルがポテトチップスを食べている。彼女たちは気楽だな。
「それで、どうするんですの? あなた」
白いエプロン姿のビアンカが心配そうに訊ねる。彼女は、カマリア領と日本を頻繁に往復して俺の世話をしている。
今までは、「サトウのおじさま」だったが、時々は「あなた」と呼んで、俺のフィアンセだということを強調しているらしい。
「どうもこうも、大陸を征服しないとアメフラシに変身させられるんだよ」
「アメフラシ?」
怪訝そうに聞くビアンカ。異世界にアメフラシはいないのかな。
「佐藤王、まあそれも運命だと思って従うしかないよな」
藤堂さんがニヤリと笑って言う。
「はあ……」
疲れるよなあ、と言う気持ちと同時に、胸が小躍りしている感じもある。
前の職場で上司に嫌みを言われながら渋々と働いていた頃に比べれば、やりがいはある。自分で自分の道を切り開くのだという達成感があるからだ。
少なくとも、死ぬ間際に、あれをやっておけば良かったと後悔することはないだろう。
*** 終わり ***
とうとう終了してしまいました。
実は、佐藤が大陸を制覇するところまで構想は練っていたのですが、気力が尽きてしまいました。
私が遅筆で、何とか毎日の更新をしようと頑張っていました。そうすると他のことが全くできずに過ごしてしまう。これではいけないと、区切りを付けた次第です。
いくら書いてもブックマークが100を超えない。
これは私が書きたいものを書いているからでしょう。次回作は、読者の立場になって、どうすれば楽しんでくれるかを考えながらアイディアを出したいと思っています。
長い間、ご愛読していただいて、ありがとうございます。
次回作はずっと先になると思いますが、ご期待下さい。




