第274話、禅譲
カマリア王国のギルバート王子が重要な話があるというので、主立った面々と王宮の会議室に集まった。
王子は友人でもあるジョセフ将軍を連れてきている。かなり込み入った話なのか。
「このたびはサトウ王にお願いがあって参りました」
起立して王子は俺に頭を下げる。
「ハイッ?」
つられて俺も立ち上がる。隣の席の重松さんが「まあ座れや」というように俺の袖を引っ張ったので、ゆっくり座った。
「我がカマリア王国をサトウ王にお譲りしたい」
「ハイッ?」
耳を疑う。意外な申し出に、重松さんも藤堂さん達と顔を見合わせている。
「カマリアは小国です。このままでは、また戦乱に巻き込まれて民衆が困窮してしまうでしょう。そこで、カマリア王国をサトウ王国に併合してもらい、サトウ王に国民を守っていただきたいのです」
そう言って王子は俺を直視する。
ああ、その実直な眼差しが痛いと感じるほど王子は真剣なのだ。
自分の地位に恋々とすることなく国民のことを思っている。この王子ほど愛情深くて寛容な人間はいない。俺よりもギルバート王子の方が王様になった方が良いのではないか。
……いや、優しいだけで王様になってはいけない。
同盟国であるキャンベル帝国との駆け引きや欺し合も必要なのだ。そういった意味では、温厚な王子よりも、ひねくれた俺や野田が王様になった方が良いかも。
どうしようかと、重松さんや藤堂さんに視線を送るが、さすがに彼らも答えを出せないよう。すがるように榎本さんを見ると、彼はゆっくりとうなずく。
「佐藤さん、あ、いや……佐藤王。ここは王子の申し出を受け入れるべきでしょう」
榎本軍師は平然と言った。
「カマリア王国は戦争の後で混乱しています。その状態で他国に攻め込まれたら、ひとたまりもないでしょう。佐藤王国と併合して守ってあげるべきです」
そうだよな……。
「……分かりました」
俺が言うと、ため息が続いて会議室の空気が膨らんだように感じた。
「ありがとうございます、サトウ王」
王子が腰を直角に曲げて俺に礼をしている。
「あ、いや、その、お礼を言われるほどでは……」
困惑していると、王子が上体を起こして言った。
「それから、私の妹のビアンカをサトウ王に嫁がせたい」
「はいー?」
「ビアンカも了解しています。その婚礼により両国の併合も速やかに行えるかと……」
王子は探るような目つきで俺を見ている。重松さん達は笑っていた。
それについては、以前も断っているんだけどな。
隣の野田が、どうするんだよとアイコンタクトで問いかけてきている。
「その件は保留ということでどうでしょう。まだ姫は若い。これから多くの男性を見てからでも遅くはないのでは……」
何で断るんだよ! というテレパシーを送ってくる野田。こいつはビアンカに魔装少女の最終形態であるアルティメット・ジュリアのコスプレをさせたくて仕方がないんだよな。
「では、今は許嫁として、妹が二十歳になったら結婚ということでよろしいですね」
淡々と言う王子。俺の返答を予想していたのか。
「あ、いや、それは……」
「妹に何かご不満でも……」
王子は少しきつい目になった。
「いえ、そんなことは……」
「では、よろしいですね」
王子は、勝ったというように口元をほころばせた。
「はあ……」
こんなことで結婚を決めて良いのだろうか。これって政略結婚だよな。しかし、オズワルド公爵がビアンカを狙っているし、あんなやつに取られるくらいなら俺の方がマシかな。
「では、サトウ王。カマリア王国とビアンカをよろしくお願いします」
王子は深々と頭を下げた。
アマンダ共和国が滅亡し、佐藤王国が誕生した。次にはカマリア王国が佐藤王国と合併する。時代というものは時として思いがけない加速をするものなのか。




