第268話、ワニワニパニック
「じゃあ、野田。地下に行ってくれ」
金庫室は彼に任せて、俺は老人にドアのロックを外す方法を聞く担当だ。
「こんなことをして、どうなるか分かっているのか」
動けないように拘束しているのに、この老人は俺を恫喝してくる。
「へえー、どうなるんですか」
「ワシは帝国にもパイプがある。後で仕返ししてやるぞ」
この老人もモルトン議長もキャンベル帝国と繋がっていたか。帝国と戦争をしていても互いにコミュニケーションはしていたんだ。
「好きなようにしろよ、ジイサン。それまで生きていればな」
脅すと老人は小さな目を開いて震える。
ああ、弱い者いじめはけっこう楽しいかも……。だから、世の中からいじめが無くならないんだなあ。
老人の財産を奪うことに重松さんは同調しなかった。それは略奪になってしまうと考えたからだろう。でも、俺達を制止することもしなかった。重松さん達も老人には思うことがあったんだよな。
スマホが鳴ったので、出てみると野田からだった。
「金庫室の前に来たぜ」
野田の周辺では日本と電波環境がリンクしている。
「ああ、分かった」
俺はスマホを切ると、老人に対した。
「それで、開ける番号は?」
金庫室のドアには数字が書いた押しボタンがある。それは機械式のロックで、決まった順番にボタンを押さないと開かない。
「知らん!」
老人はそっぽを向く。
「あんた、今の状況が分かっているのかよ」
俺は手すりに近寄って下のプールをのぞき込んだ。下では大きなワニが泳いでいる。
「このワニは腹が空いているようだな。あんたをロープで吊り下げたら飛びつくだろう。リアル・ワニワニパニックのゲームを開始するぞ」
「わにわにぱにっく?」
老人が眉間にしわを寄せる。
「あ、いや……とにかく、足を食われたくなかったらパスワードを答えた方がいいぜ」
睨みつけると、彼は下を向いて目を左右に揺らす。
「分かった。解除の番号は五二三一じゃ……」
俺はその番号をスマホで野田に伝えた。
スマホからドアが開く音が聞こえた。
「おお、佐藤。開いたぞ。あ、中にも扉があるぞ。……これはダイヤル式だ」
二重になっていたのか。用心深いジジイだぜ。
「さあ、次の解除方法は?」
ミッキーは下を向いたままつぶやく。
「右に二回転してクリアした後に35に合わせて、それから……」
俺は、聞いたことをそのまま野田に伝えた。
しばらく待つと、野田の大声。
「何だよ! 入り口のドアが閉まっちまった。真っ暗闇だ、ライトを持っていて良かったぜ」
大きくため息をついて老人の胸ぐらをつかむ。
「ここまで来て、まだ悪あがきするのかよ。そんなに財産が惜しいのか。自分の命よりもお金が大事なんだろうな」
老人をつかんだまま、プールに近づく。
「ここに吊り下げられたら、あんたの考えも変わってくるだろうさ」
餌をやるために手すりが切れている箇所があった。
「何をする気じゃ!」
「和田副官」
「はっ」
老人の腕を固めていた彼が背筋を伸ばす。
「こいつを少し怖がらせてやれ」
ゴリラのような和田副官は戸惑っている。
「は、はあ……。あ、あのう……怖がらせるとは?」
こいつと話すと力が抜けるんだよ。機械に分からせるように細かく具体的に指示しなければならない。
「あー、つまり、こいつの両手を握って持ち上げてから、プールの上に持ってくるんだ」
和田はその通りにした。
「そう、そうだ、いいぞ。そして、君は一緒にプールに落ちないように足を踏ん張ってだなあ……、そうだ、それでいいんだ」
あー、気疲れする。




