第260話、説得
「オズワルド公爵殿、約束しましたよね」
言い聞かせるように、藤堂さんが顔を近づける。
「知らん!」
そう言って藤堂さんを睨む。
やれやれといった風にため息をつく藤堂探偵事務所の所長さん
「こら、ニホン人共! お前達のような素性が怪しい人間とキャンベル帝国が同等な同盟を結ぶはずがないだろ」
後ろ手に縛られているので、身を震わせながら脅し文句。
「ニホン人など、利用するだけの存在だ。トルディア王国でもアマンダ共和国でも利用されたあげく始末されそうになっただろうが。誰が、魔界から来た鬼畜共を対等に相手にするものか」
俺達は沈黙した。
……確かにその通りだ。しかし、カマリア国だけは俺達を信用してくれているのだ。
それに、あの爽やかニイチャンの皇帝陛下も……。
「でも、皇帝陛下は俺達を信用して同盟を組むと言っているはずですよね」
俺が確認すると、オズワルドは口をゆがめた。
「黙れ! 兄上が約束したとしても、私が許さない。第一、兄上と私は同等なのだ。跡継ぎ争いで負けたとしても私の母上は正妻だったのだから、本当は私が皇帝になるはずだった。それを父上が勝手に決めやがって」
ああ、この人にも色々と人生があったのだなあ。まあ、そんなに興奮するなよな。
「何で、側室の子が栄えある皇帝になるのか。私こそが頂点に輝くべきなのだ!」
公爵は深呼吸して息を整えている。
「まあ、そんなに気にするなよ。公爵になれただけでも儲けものじゃないか」
慰めたつもりだったが、火に油を注ぐ行為だった。公爵が目をむく。
「お前みたいに下賤な人間に慰められたくない! 私は生まれながらにして、特別で高級な人間なのだ。サトウ、お前なぞ口をきいてもらえるだけで、ありがたいと思え!」
チョー上から目線。俺は前の職場の上司を思い出す。どうして、人間は威張りたがるのだろう。
「あんたさあ……人間は裸で一人で生まれて、何も持たずに孤独に死んでいくんだぜ。自分を特別視しても結局は俺たちと同じように死んでいく。そんなに自分の価値に執着しても仕方ないだろう」
何も持たない俺は、こいつが何を考えているのか分からない。
「うるさい! 二ホン人は皆、残虐に殺してやる。サトウ、特にお前はバラバラに切り刻んで豚の餌にしてやる。極限の苦痛を与えながら殺してやるぞ」
俺はため息をつく。
どうすれば良いのだろう……説得は不可能なようだ。
「こいつはお仕置きをしてやらんとダメかなあ…」
重松さんが仕方なさそうに言う。
自衛隊員は捕虜虐待を潔しとしていない。藤堂さんもリンチを嫌っている。しかし、この場は彼も無言を通していた。




