第248話、降伏文書
俺達は議事堂の広間に入った。
しばらく待つと、モルトン議長が側近を連れて部屋に入ってきた。
議長に付いてきた男は大きなトレイを持っていて、その上に降伏文書らしき物が置いてある。
「さっさと済ませようか」
そう言って藤堂さんが立ち上がる。
議長はあからさまに嫌な顔をした。アマンダ共和国を担ってきた議長は、百年以上続いた共和国の終焉をおごそかに取り扱いたいのだろう。
クローゼ将軍が降伏文書の内容を確認する。こういった異世界での手続きは何度も行っている将軍に任せることにした。
それは厚紙で作られた二つ折りの物だった。開くと模様がある紙が貼ってあって、それに手書きで降伏内容が書かれているのだろう。
大きくうなずいてクローゼ将軍が文書を俺の前に差し出す。
「えっ、何ですか……」
戸惑う俺。
「ここに司令官のサインをしてください」
クローゼ将軍は文書の中央を指さす。ああ、ここに俺の名前を書けば良いのか。
コパルの魔法によって異世界の文字は読むことができる。しかし、書くことはできないので、ここは日本語で記入するしかない。
俺は万年筆を受け取って『総司令官、佐藤浩二』と漢字で書き込んだ。
クローゼ将軍は文書を持ってモルトン議長の前に提示した。
大きくため息をつく議長。彼は、しばらく目をつむって黙り込む。共和国の長い歴史を振り返っているのだろうか。
やがて、目を開いて万年筆を取った。
サラサラとサインをする。異世界の文字は良く知らないが議長は慣れていて達筆なようだ。
「武装解除の命令書を」
クローゼ将軍が催促すると、側近の男が封筒を差し出す。
将軍は封筒から中身を取り出して開き、内容を確認する。一通り目を通すと、「問題ないようです」と言って藤堂さんに渡した。
これによってアマンダ共和国は正式に降伏したのだ。
手続きとしては、これで完了した。だが、大きな問題が残っている。ジョンソン将軍の陣地に行って実際に武装放棄させなければならないのだ。
モルトン議長にベルキア砦まで同行するように依頼した。
彼は仕方なさそうにうなずく。敗戦国としては勝利した者の指示に従うものと観念しているよう。
支度すると言って議長は執務室に向かう。逃走を防止するために、帝国の兵がついて行った。
皆はテーブルのイスに座り込む。やっと重松さん達も気が抜けたようだ。
「佐藤司令官! いや、佐藤王」
和田副官が直立して俺の前に立つ。キッチリとした直線で分けられたツーブロックの髪型。
「何ですか……」
この大男は何を言い出すのか。
「これからも自分は佐藤王に忠誠を尽くすであります。佐藤王国の創立と存続に命を賭けて協力するであります。よろしくお願い申し上げるです。佐藤……、ええっと……名前は何でしたっけ……」
副官のくせに俺のフルネームを知らなかったのか。
「浩二です、佐藤浩二。よろしくね」
「はっ、失礼いたしました。佐藤浩二王、これからもお側においていただきたくお願いいたします」
『さとうこうじおう』は語呂が悪いな。『さとうおう』もピンとこない。まあ、仕方がないか。
「ああ、これからもよろしくね」
軽く答えると、彼は直角に上半身を曲げた。
「勅命、承りました。全身全霊を賭けて尽くすであります」
この人は疲れるよな。家に帰ってくれないかなあ……。




