第239話、待つしかない
懐かしいと思える風景だった。
岩に挟まれた荒れた道。ほとんど草も生えていない道だ。その細道の片方は赤壁に通じ、片方は吊り橋を通って帝国領に通じている。
「クローゼ将軍は本当に来ますかね」
俺が心配そうに聞くと、藤堂さんは胸を張る。
「彼は実直な人間だ。命令されたなら例えそれが日本人でも指示には従うさ」
藤堂さんは数週間もクローゼ将軍と行動を共にしていた。自衛隊では情報担当で、人を見る目には自信があるよう。
「でも、この先の赤壁では俺達に数万人の帝国軍兵士が殺されたんですよね。内心、恨みを感じているんじゃないのかなあ」
野田が目を細めてつぶやく。藤堂さんは笑って首を左右に振っている。
「まあ、しばらく待っていれば分かることさ。今は待つしかない」
ヒゲ面の重松さんがオフロードバイクを点検しながら言った。
ベルキア砦を出たクローゼ将軍の部隊は大きく迂回して帝国領に入り、赤壁に進攻する約束になっていた。その三千人の兵力で赤壁を守っている千人のアマンダ守備隊を撃破するのだ。
つまり、榎本軍師の作戦としては、ベルキア砦でアマンダ軍の二万人を足止めして、無防備状態になっているアマンダ共和国の首都を俺達が攻略するというもの。
それには、赤壁の守備隊を突破しなければならない。以前は、少数の兵で帝国の大軍を退けたのだが、今回は立場が逆になっている。日本人の傭兵的な立場は皮肉だ。
予定では、クローゼ将軍が到着する日なのだが、まだ姿は見えない。
谷間に日が沈んだので、夕食を食べてからテントを張った。
「クローゼ将軍は来るかなあ……」
野田がコーラを飲みながら言う。
テントの中には野田と俺だけ。LEDランタンに照らされた薄暗いテント内で、横になってスマホを見ていた俺は顔を向けた。
「来るだろう。藤堂さんが確信しているんだから間違いはない」
もし、来なかったら榎本さんが立てた作戦が水泡に帰す。
「俺だったら帝国領に入った時点で家族の元に帰っちゃうけどな」
そう言って、また野田がコーラを飲む。
「クローゼ将軍は皇帝の勅命によって俺達を助けることになっているじゃないか。ノコノコと帝国に帰ったら、あの皇帝の兄ちゃんに怒られるさ」
キャンベル帝国軍の規律は厳しい。自分勝手に行動できないはずだ。
「そうかなあ……」
野田はタブレットを取り出して、ゲームを始めた。
しかし、野田の言うとおり心配ではある。もし、クローゼ将軍の援軍が来なかったら、やがてベルキア砦は兵糧攻めで落ちてしまうのは確実だ。さすがの榎本軍師でも、補給なしで戦うことはできない。




