第202話、タダじゃねえんだよ
「ああ、ああ、兄さんは変わりないようで、何よりです」
ビアンカ姫の両目は潤んで、さらに美貌を引き立たせる。
「ハハハ……、お前は変わったな……」
ギルバート王子は苦笑いで言った。
まあ、王子の気持ちは良く分かる。今までは、ろくに会うこともできなかっのだ。間近で姫を見れば少女だった頃と比べて、その違いがはっきりするのだろう。
「もう、ここに閉じ込められずに、カマリア王国に帰ることができるんですね」
やっぱり肩身の狭い思いをしてきたのか、この姫は……。
「ああ、そうだよ、ビアンカ。もう、人質の苦労はさせない」
優しい笑みを浮かべる王子。本当にこの人は良い人間なんだな。
「王子、良かったですね……」
藤堂さんが水を差す。再会の喜びを邪魔する気はないのだろうが彼としては、なるべく早くカマリアに帰ってアマンダ軍を排除したいのだろう。
「ああ、ありがとうございます。これもトウドウさんやサトウ司令官のおかげです」
王子が俺を向くと、つられて姫が俺を直視する。
やべー、まぶしいほどの美女とはこのこと。赤面するから俺のことを見ないでくれ。
「サトウ司令官が皇帝に直訴してくれたから、お前は自由になれたんだよ」
「そうなんですか、兄さん」
にこやかな姫の視線が威力を増して俺を突き刺す。
「ありがとうございます。サトウのおじさま」
姫は白いロングドレスの裾を両手でつまんで軽く腰を下げた。
おじさま……、おじさまときたもんだ。そんな風に言われたのは、俺の人生で初めてのこと。間近に姫を見てロリコン公爵の気持ちが良く分かるようになった。どんなことをしても彼女を手に入れたいと思うだろう。
可愛いは正義だ。これからも俺は姫の味方をすることに決定。例え、姫が吸血鬼だとしても彼女の手助けをするぜ。それには野田も激しく同意するはずさ。
*
クローゼ将軍は三千人の兵を率いて出発した。姫の世話係である十数人も馬車で同行している。将軍はカマリア王国に向かい、世話係は途中で分かれ、王家の別荘で待機することになった。
そして、姫本人は俺が日本に転送して保護する。日本に連れて行けば、オズワルド公爵が強引に奪うこともできないだろう。
オフロード車に乗ったのは藤堂さんと俺、アズベル、王子、ビアンカ姫、それに彼女が生まれたときから世話をしている執事のジイサン。ランドクルーザーは後ろの席をたためば七人が乗車できる。
姫のお付きのジイサンは俺の手を握りしめて泣き出さんばかりに感謝していた。姫が自由になったことに感激しているのだろうが、ジイサンに手を握られてもなあ……。
後ろの座席から姫の甘い微粒子が漂ってくる。女の子の良い香りはタダじゃねえんだよ、という名言があるそうだが、姫も身だしなみには気を使っているのだろうか。
姫は珍しそうに車内を見回していた。特に操縦席のハンドルや計器類を大きな瞳で注目している。
「では、転送します」
俺は集中して、野田の実家を想像する。
姫の珍しげな視線を後頭部に感じながらも、緊張を持続させて庭を思い浮かべた。
やがて、王宮の中庭が黒に包まれる。




