第191話、戦争
俺達はギルバート王子と一緒に日本に転送した。
いつもの庭に現れて、野田の実家に入っていく。
「あ、王子。靴は脱いでくださいね」
俺が言うと、王子は慌てたように靴を脱いで家に上がった。
居間に入って王子を皆に紹介する。王子は、珍しげに部屋の中を見回す。特に注目したのはテレビだった。
遅いので王子には客間で寝てもらった。畳の上に布団を敷いて休んでもらう。彼はベッド以外で寝るのは初めてだろうな。
藤堂さんは支度をすると言って帰って行った。
翌朝、王子が日本を見物したいというので、俺と野田が彼を連れて横浜に行くことにした。
王子の服装は質素だったので、そのままでも良かったのだが、一応、野田の服を着てもらった。
生真面目な王子にとって、王国を放り出してくるのは抵抗があっただろう。それに父親であるジェームズ王は監禁されていて、ろくに会えないそうなので、彼の心労は理解できる。しかし、抜本的な解決策としては俺達と帝国に行くしかない。
ビックカメラで電化製品を見ると、王子は非常に驚いていた。さらに港に行って豪華客船を眺め、ランドマークタワーの展望台で横浜を一望する。
今日は休日だったので、人が混み合っていた。王子は雑踏に酔ってしまったようなので、横浜駅近くの喫茶店で休憩することにした。
五階の窓際の席からは細い道を大勢の人間が流れていく様が見える。
「日本は凄いですね」
王子がポツンと言った。
「まあ、異世界と比べて文明が進んでいますからね」
俺も小さく答える。
「平和で豊かで法律が整備されていて、治安が良く皆が安心して暮らしていける。でも……」
疑問形? 俺は町並みを眺めている王子の横顔を見た。
「でも、私はカマリア王国をこんな国にしたくありません」
しばらく無言が続く。俺は訊ねてみた。
「どうしてですか……」
「日本の住民は自分のことだけを考えて、若者はバカ騒ぎして年配は目先のことに執着する、ただエサをもらって生きていく豚のよう……、あっ、失礼。サトウさん達のことを言ったのではありませんよ」
「ああ、はい。分かっています……」
「平和が長く続いたために目の焦点がボケているように思えます。平和というものは絶え間ない努力によって維持されるもの。平和な生活は無料ではないのですよ。ニホン人は当たり前のように平和を享受していますが、それが違うのだということをいつか思い知るような気がします」
そうなのか……。戦乱の異世界で必死に国を守ってきた王子にとって日本人は怠惰な国民だと映るのか。
そういえば重松さんは、いつか日本も戦争をすると言っていた。人間は戦争をしないと気が済まない生物なのだと。
王子の話を聞いて、俺もそうかなと思い始めてきた。