第182話、親方
「おい、やめろ」
議長の盾になったのは藤堂さん。
「捕虜の虐待は禁止されている。リンチは俺が許さない」
まだ彼は自衛隊の規則に準じているのか。
「じゃあ、どうすんだよ! まさか、そいつを異世界に戻すわけにはいかないだろ」
そう言って野田は体を震わせる。俺は腕を縛っている縄を解いてやった。榎本さんの拘束は香奈恵がほどいている。
「うーん……どうするかな」
藤堂さんは腕組みをして考える。しばらくして、胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
「俺の知り合いに頼むことにしよう」
藤堂さんは誰かと話をし始める。五分ほど話し込んでから通話を終えた。
「議長の行き先は決まった。あとは俺に任せろ」
そう言うと、地面に座り込んでいた議長の襟首を引き上げて彼を家の中に連れて行く。俺達は目を覚ましたように冷静になって藤堂さんの後に続いて玄関に入っていった。
居間には七人の男女が黙り込んでいた。
よほど疲れたのか、榎本さんは部屋の隅に横になっている。野田はペットボトルのコーラをがぶ飲みしていた。
議長の両手首をケーブルバンドで縛って動けないようにしている。彼は暴力を振るわれないことに安心したようで、珍しげに部屋やテレビの映像を見ていた。
「それで、こいつはどうするんですか」
野田がトゲトゲしく藤堂さんに聞く。
「議長は、ある場所で労働に励んでもらう」
「ある場所?」
野田が目を細める。
「ああ、山の中の石切場だ。いわゆるタコ部屋と呼ばれる場所で、重労働だが議長にはしばらく頑張ってもらおうかな」
そう言って藤堂さんが口の端を曲げて笑った。
「私をどうする気だ。すぐにアマンダに帰したまえ」
議長が髪を振り乱して要求するが、誰も聞いていない。
「こいつが逃げたらどうするんですか」
どうしても野田は議長を殴りたいのか。
「大丈夫だ。現場は人家から遠い。徒歩で逃げたら三日以上かかるし、熊などの野生動物や毒蛇などから襲われる。まあ生きて逃げ切ることができたら褒めてやるさ」
そう言って藤堂さんがいやらしい笑いを浮かべた。そんな場所が日本に存在するとは知らなかった。
「食事も出るし、給料もそれなりに出る。作業の合間には休憩もあるし、当然、夜は寝ることができる。逃げようとさえ思わなければ人間的な環境で働くことができるぜ」
そうなんだ……。ダンディでスマートが議長が、次に会うことができたら藤堂さん達のようなマッチョマンになっているのだろうか。その姿が俺には想像できない。
しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。
「親方が来たか。意外と早かったな」
藤堂さんが迎えに出て、男を連れてくる。
「どうもぉー」
そう言って居間に入ってきたのは背の高いガッシリとした男だった。彼は藤堂さんのようなマッチョマンで、ダブダブのカーゴパンツに半袖のTシャツ。骨太の顔と太い腕は赤く日焼けしている。
「あーら、あなたが新人さんね」
男は体をくねらせながら議長に近寄って肩に手を置く。
「放せ! 俺に近寄るな」
本能的に危険を感じた議長が身をよじる。
「あーら、元気ねえ。可愛い坊やちゃーん。これからあたしが面倒見てあげるわーん」
太い腕で議長の肩を抱きしめた。無言で震えるアレックス議長。
「こいつの名前はアレックス議長だ。よろしく頼むぜ、親方」
藤堂さんが言うと、親方はウィンクして答える。
「分かったわーん。議長ちゃんと言うのねえーん。あたしが手取り足取り腰取りして、一人前の男に調教してあ・げ・る」
親方は軽々と議長をお姫様抱っこして居間を出た。
「本人の承諾は得ていない。逃げるかもしれないからな」
藤堂さんが注意すると、親方はウフッと笑う。
「平気よぉー。いざとなったらクスリを使うからぁ」
そう言って玄関で靴を履き、外のミニバンに向かっていく。
身の危険を感じて、大声でわめきちらす議長。親方は議長を後部の荷台に放り投げると、口にガムテープを貼った。
なんか手慣れているようだなあ。
泥に汚れたミニバンの周りには全員が見送りに出ていた。議長の行く末が気の毒で、最後の姿くらいは見届けなければいけないかな、という義務感が生じていたのだ。
「じゃあね、藤堂ちゃん。また元気な坊やが来たら連絡してねえ」
ミニバンは去って行った。
皆は一様に大きなため息をつく。
「さあ、これからどうするよ、佐藤司令官」
俺の方に振り返って、藤堂さんはニヤニヤしていた。