第179話、自由
野田も榎本さんも自衛隊の迷彩服ではなく、市民が作業のときに着るような服に着替えさせられていた。
ただ、榎本さんは上に金ピカマントを羽織っている。それは高名な軍師を処刑するのだと、市民の心に深く刻み込むためだろう。
「市民諸君!」
アレックス議長がギロチンの横に立ち、集まった民衆に呼びかけた。
「今日はアマンダ共和国の共和制に反旗をひるがえした裏切り者を処断する」
見物人達のざわめきが大きくなる。
議長は黒い礼服を着て、髪をキッチリと分けていた。いつも伊達男だが、今日は特にダンディに見える。専任のスタイリストでも付いているのか。
「ここにいるニホン人のノダとエノモトは、反乱を計画し実行しようとしたのだ。尊い共和制を打ち壊し、自らの欲望を満たすための独裁者になろうと画策した。当然、議長たる私がこいつらの蛮行を許すはずがない。未然に犯罪者を逮捕して共和制を守護したのだ。私こそ自由の守護者なり!」
民衆から、おーという声が上がる。
まったく、集団になると、雰囲気に流されやすくなるな。人は集まると総合的な知能が低くなるのか。それで詐欺にだまされるんだよな。
「罪人のエノモトよ。何か言いたいことはあるか」
議長は舞台の俳優になったように芝居がかっている。
榎本さんは後ろ手に縛られて、そこから伸ばされた縄は逃げられないように兵士が握っていた。野田も同様で彼の顔は引きつっていた。
それまで黙ってうつむいていた榎本さんはキッと顔を上げた。
「自由、自由って言うけどね、今まで自由を求める戦いがどれほど多くの血を流したと思っているんだ!」
周りが黙り込む。
「自由はそんなに楽なもんじゃない! 重くて嫌な義務というものを背負って、それで初めて自由をチョコチョコと楽しむことができる。そういったものさ……自由という意味を取り違えているよ、あんた達は……」
しばらく刑場は黙り込んだが、やがて議長が言った。
「言いたいことはそれだけか。では、サトウも来ないようだし、軍師殿から処断するかな」
ちょび髭のグラン将軍が手で合図をすると、二人の兵が榎本さんをギロチンの方に無理に連れて行く。
「上向きでやってみたらどうかのう」
発言したのは壇上の隅にいたミッキー老人だった。
「それも面白いかもしれませんね」
口の端を曲げて笑う議長は兵に命じてテーブルを運ばせて、そこに榎本さんを仰向けにした。そして、ギロチンに運び、その穴から首を出させる。つまり、ギロチンの刃が落ちてくる様子を見ながら首を切断されるという、趣味の悪い趣向だった。
普通は目隠しなどをして下を向いた状態で執行するが、久しぶりの死刑執行で皆の気分がハイになっているらしい。
係の兵がロープを引くとギロチンの刃がキリキリと上がる。別の兵が刃を停止させるストッパーを外した。
榎本さんは真っ青な顔で、冷や汗をダラダラと流している。