第172話、ゴリラ
和田さんは左手で重そうなイスを持ち上げると、近くの兵に叩きつけた。
悲鳴を上げて潰される兵士。トドメといわんばかりに倒れた兵の胸を踏みつけると、別の兵に警棒を打ち込む。
敵は和田さんの強襲を何とか剣で止めたが、伝わる衝撃の激しさに怯えて後退する。
素早く次の攻撃を横殴りに撃ち込む和田さん。絶叫のような音を立てて、剣は壁に深く突き刺さった。骨折したのか、手首を押さえて前のめりになる兵。その苦悶の顔面を力強く蹴り上げると相手は悲鳴を上げる暇もなく空中を回転して、顔面を床に付けたヨガのようなポーズでピクリともしなくなった。
強い! 強すぎるぜ、和田さん。
まるでゴリラのような強さだ。格闘戦に秀でているとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。初期設定でポイントを知能とかに振り分けずに、体力に極振りしたのだろうか。
戦況は一気に俺達の優位になった。
重松さんは一対一なら絶対に負けない。敵の剣をたたき落として、警棒を腹に突き刺した。倒れた兵は「く」の字になって血を吐いている。
藤堂さんは残ったジョンソン連隊長と戦っていたが、フリーになった重松さんが連隊長の後頭部を一撃し、白目をむいてフラつく彼の襟首を握ってドアの外に放り投げた。
間髪を入れずにドアを閉めて鍵を掛ける藤堂さん。
「さあ、転送だ!」
重松さんが俺に怒鳴る。
「あ、はい……」
野田は生きているのだろうか。それに榎本さんは……。
未練があるのだが、今は逃げるしかないだろう。
「では、集まって下さい、転送します」
重松さんと藤堂さんが俺の肩を握る。なぜか和田さんは背中に密着し、俺の首に両腕を回してオンブの状態。
部屋にドンドンという打撃音が響く。外の兵達がドアを破ろうとしているのだ。
俺は野田の実家を思い浮かべる。
何度も行っている儀式。ためらいはあるのだが、野田達を助けるためにも態勢を整えなければ。
やがて、兵達が横たわっている部屋が暗闇に侵食されていった。
*
昼下がりの日差しに照らされた庭。野田の実家に転送した。
こちらの世界も風は涼しくて、庭の木には枯れ葉が混じり始めている。
気候は同じと言っても良いほど似ているが、こちらは平和で向こうは戦場だ。
俺達は何も言わずに家に入っていく。
居間に入ると香奈恵がラブコメドラマの再放送を見ていた。
「あら、お帰りなさい。どうしたの、連絡もしないで転送してくるなんて」
俺はテーブルに着くと、ゆっくりと香奈恵の方を向く。
「野田達がアマンダに捕まった」
目を見開く香奈恵。
「どうゆうこと……?」
俺は大きくため息をついてから顛末を説明した。