第170話、臨戦状態
「見せてみろ」
重松さんがメモをひったくった。睨みつけるようにして、書いてある文字を読む。
藤堂さんは窓際に進み、外を確認する。
「いかんな……。アマンダの兵がこの建物に集まっているぜ」
俺も窓から下を見ると、確かに多くの兵が行ったり来たりしていた。普段は立哨の兵が散見しているだけなのだ。
「朝から変な感じだったが……逃げるしかないな」
そう言って重松さんがメモを俺に押しつけた。
「和田が帰ってきたのを見計らって行動を開始したんだな」
藤堂さんがボソリと言って、それに重松さんがうなずく。
「佐藤さん、そのメモを食え」
「えっ」
重松さんの意図がすぐには分からなかった。
「それが見つかったらルーシーさんに危害が及ぶ。証拠を隠滅するんだ」
「ああ、そうですね」
メモを口に入れてモグモグと噛んだ。俺の人生で紙を食べたのは初めてのこと。
「今は転送して逃げるしかないだろう」
そう言って藤堂さんが口を結ぶ。
「えっ、ちょっと待ってください。じゃあ、野田や榎本さんはどうするんですか。それにアズベルは」
彼らはアマンダ軍の砦に行って、指揮所の通信機などを撤去している。そして確か、アズベルはミッキー老人の邸宅にいるはず。
「後で救出する……」
藤堂さんは平静な口調だが、やはり少し迷っているトーンがある。
代わって重松さんが俺の前に立つ。
「佐藤さん。アマンダ共和国は立法国だ。逮捕した後には裁判を行うし、処刑するのも事務手続きが必要なはず。すぐには殺さないさ……」
大丈夫かな……。神経が逆立ってざわざわする。でも、今は考えても仕方がない。
「そうですね……アズベルは神官だから殺すということはあり得ない……」
でも、絶対ではない。議会が暴走して、全員を死刑にするかも。俺が戦勝パーティで独裁者になるとか大声で宣言したのが原因……ということはないよな。
不意にノックの音が響いた。
全員がドアに視線を集中する。
「佐藤司令官は在室ですか」
ジョンソン連隊長の声だ。それは普通のノックで、普通の言い方だ。
「入ってもよろしいですか」
さすがの重松さんも対応に迷っているよう。俺達は動けないでいた。
「はい、どうぞ」
和田さんがドアを開けた。
あっ、バカ! 何をやっているんだ。ここは鍵を掛けるとこだろう。そう思ったのは俺だけではないはず。
ドドドドっと兵がなだれ込んできた。
五人の兵は部屋に広がって剣を抜き、臨戦状態で構えている。
「和田! 佐藤さんを守れ!」
怒鳴って藤堂さんが腰の警棒を抜く。そして、シャキーンと伸ばした。重松さんも同じく伸縮式の警棒を構えていた。
戦争マニアは常に警棒を持っているのがお約束なのだろうか。
俺は離れた窓際で和田さんにお姫様抱っこされていた。
何でお姫様抱っこ? これが彼にとって守るというイメージなのだろうか。それとも、マシンのような副官でも動揺しているのだろうか。




