第166話、素直な人
日本にプラチナを転送した後、俺は副官を迎えに行くことにした。
和田さんは自衛隊で重松さんの部下だったらしい。四十歳で無職、運転免許は持っているが、自動車は持っていないというので、待ち合わせの駅までホンダ・フィットを走らせた。
駅前の駐車場で待っていると、背の高いマッチョマンが歩いてきた。藤堂さん達もガッシリとした体格をしているが、その人もムキムキマンだった。
「司令官殿、わざわざの出迎え申し訳ありません」
そう言って敬礼する男。少し頬骨が出ているのは贅肉が無いからだろうか。背は俺よりも20センチくらい高く、自衛隊の服を着ていた。
特徴的なのは髪型で、頭の上部は短く刈っていて黒いのだが、下部は毛を剃っていて白くなっている。そして、その境目は直線だった。つまり、ツンツルテンの頭に黒いお椀をかぶせたようなヘアスタイルだった。それは彼のポリシーなんだろうか。
髪の毛をつかんで引っ張ると上部がパカッと取れて、ハカイダーのように脳が見えるのではないかという感じがする。
「あ、あの……、日本では佐藤と呼んでください」
「はっ、了解しました」
状況は詳しく説明していると重松さんは言っていた。異世界のことを言葉だけで理解して受け入れるというのも素直な人柄だなあ。
「じゃあ、早速行きましょうか」
俺は車のドアを開けた。
「はっ」
和田さんは、大きなナップザックを担いで乗り込もうとした。
「あれ、なんだ、佐藤じゃないか」
その声に振り向くと、前の会社の上司が立っていた。
向こうのカローラには奥さんと娘が乗っていて、こちらを見ている。
「ちっ、上司かよ……」
こいつとは会いたくはないのだが、たまに出会ってしまう。
「まだ無職なのか、そろそろ財布も寒くなってきたんじゃないのか。少しは働かないとダメだぞ」
偉そうな言い方の上司。まだ、俺のことを部下と思っているのか。
「お金には不自由していない。さっさと車に戻って、せせこましい家族サービスでもしていろ、このロリコン野郎が……」
こんなとき野田なら気の利いた嫌みの一つも、かましてやるのだろうが俺は苦手。
「ふん、佐藤は一生独身をやっていろ。歳を取ってからは孤独死だろうな」
ニヤついた顔が憎らしい。
確かに俺くらいの年齢なら、結婚して子供の一人くらいはいても不思議ではないだろう。やつの家族を見ていると、なんとなくうらやましい気もする。
「貴様、無礼だぞ!」
上司の前に立ったのは和田さんだった。
「アマンダ共和国の占領軍総合司令本部、佐藤最高司令官閣下に何という口の利き方だ!」
あ、バカ。こいつは何を言い出すんだ。
その声は大きくて、駐車場にいた人が全員こちらを振り向く。
「最高司令官……?」
上司は突然、迷彩服を着たデカブツに迫られたので口を開けたままビビっているよう。
だが、しばらくして気を取り直したのか、顔を引きつらせてプッと吹き出した。