第163話、名君
いつもは冷静な議長が破裂しそうな顔で俺を睨んでいる。
やべえ、やっちまったか……。
「共和制こそ近代国家の歩むべき道です。民主政治バンザイ!」
議長は持っていたボトルをダーンと叩くようにテーブルに置いて、プンスカ怒りながら自分の席に帰って行った
「アハハハハ!」
重松さんの高笑い。
「まったく佐藤さんは冗談が好きだなあ! 本当に酒癖が悪いんだから」
重松さんは席を立って俺に近づいてくる。この場を何とか収めようというのか。
「そうですね、どうも飲みすぎたようですねえ。えへへへへ……」
わざとらしく笑ってごまかす。
「さあ、佐藤さんも藤堂さんも控え室で飲み直そうぜ」
重松さんが俺の腕を引っ張るので、そのまま会場の外に付いていく。後ろから藤堂さんが続いてきた。
会場は徐々に賑やかさを取り戻してきたが、振り返ると議長やモルトン議員、それにミッキー老人は表現できないような嫌な視線をこちらに送ってきていた。
*
控え室で、俺はコップの水をゴクゴクと飲んだ。
「佐藤王国を作るか……佐藤司令官も良く言ったもんだ」
重松さんがイスに座り、俺を見てニヤついている。
「司令官はやめてくださいよ。あれは冗談だったんですけどね……」
水を飲み干して、フーッと息を吐く。
「まったく、トルディア王国のときといい、佐藤さんは酔っ払うと何か問題を起こすようだな」
ああ、あのときは口がすべったせいで殺されそうになったな。
「わざとじゃないんですよ」
「分かっているよ」
テーブルの隅の藤堂さんはスポーツドリンクを飲んでいた。
「重松、悪かったな。迷惑を掛けちまった……どうも歳を取ると悪酔いするようになった」
藤堂さんが謝ると、重松さんは首を振る。
「まあ、酔っ払っていたのは皆が知っているから言い訳はできるでしょう」
重松さんはそう言うが、あの議長達は根に持っているのではないかな。
「それよりも藤堂先輩の言ったことは、あながち否定はできない」
「どういうことです?」
俺が聞くと重松さんは長いあごひげをつまんだ。
「この世界では常に帝国の脅威に怯えている。そのような状態では決定に時間のかかる民主主義より、独断専行出来る君主制のほうが効率的なのさ」
「はあ」
そう言えば、昔の国家のほとんどが王制だよな。
「そこで佐藤さんが王様になって帝国に対応してくれれば民衆も喜ぶだろう」
「はあ……」
俺の反応が薄いので重松さんが苦笑して、ため息をつく。
「佐藤さんは王様にならないと、悪魔の嬢ちゃんから馬にされてしまうんだろう。最悪、悪魔の気分次第ではダンゴムシになるかもしれないぜ。もっと真剣にやった方がいいんじゃないのか」
俺は大きく深呼吸をした。ダンゴムシは嫌だなあ。
「君主制というと独裁政治ということで悪いイメージがあるが、国を豊かにして民衆を慈しんだ名君もいる。佐藤さんは、そういった君主を目指せばいいのさ」
重松さんは俺をたき付けているのだろうか。
「まあ、佐藤さんが王様になるというなら、俺は協力するぜ」
重松さんはニヤリと笑って親指を立てた。
「俺も付いていくぜ、佐藤司令官」
酔いが引いた感じの藤堂さんも片手を上げて言った。
「はあ……」
この人達は俺のことにかこつけて戦争をしたいだけなんじゃないだろうか……。