第162話、独裁者
「じゃあ、どうやって王様になるんだよ。このまま何もしないと、馬人間にジョブチェンジさせられるぜ」
そう言う野田は目がボンヤリしている。かなり酔いが来ているな。
「ケンタウロスになれば、近くのコンビニに行くときは楽かもしれないな」
車で行くには近いが、歩いて行くには遠いというような場所ならパカンパカンと走って行けばいいさ。
俺も酩酊のエリアに入り込んでいるよう。とりとめの無い思考が大脳を回る。
「まあ……浩二が馬になったら私が乗ってあげるわ……」
香奈恵が俺を見て怪しげに微笑む。
「私もパカパカお馬さんに乗りたいですぅ」
必死に食べていた手を止めてアズベルが発言。相変わらず神官の少女は脳天気だな。
広い会場は酒も回って賑やかになってきた。
「佐藤さん、王様はともかく、独裁者くらいには出世できるかもしれないぜ」
重松さんの隣に座っていた藤堂さんがニコニコ笑いながら言った。
「独裁者?」
俺がヒットラーのようになれるということ?
「ああ、このアマンダ共和国でな……」
藤堂さんの前には空になった、たくさんのワインやブランデーのビンが置いてある。この人はチャンポンで飲んでいるのか。
「まずだなあ……帝国を退けた司令官という名声をかざして選挙に出馬するのさ。そして、当選して議員になったら日本の商品を売りまくって民間に売名行為をするんだ……」
そう言う藤堂さんの目が据わっている。隣席の重松さんが彼を見て苦笑していた。
「民衆に人気が出たら議長選に立候補して議長になる。そんなときに帝国が攻めてきたら絶好のチャンスが到来だ」
情報担当だった藤堂さんは口がなめらか。だいぶ酔っている風だが、声のトーンは普段と変わらない。
「どうするんですか」
「国に非常事態宣言を発令して自分に権限を集中させるのさ。特例を作り、大統領に就任してアマンダ共和国の独裁権を確立する……独裁者佐藤の誕生だ」
悦に入ってニヤついている藤堂さん。その肩を重松さんが揺すった。
気がつくと俺の隣にアレックス議長がワインボトルを持って立っている。
「実に興味深い、たわ言ですな」
ゆがんだ笑いを浮かべ、右手に持っているボトルが震えていた。勝利の功労者にお酌をしに来たらしい。
「そうですかねえ……」
藤堂さんが不敵な笑みを浮かべて絡む。酔っているために空気を読むセンサーが停止しているよう。
「我がアマンダ共和国の共和制は絶対です! アマンダの市民は民主政治を信奉しており、薄汚い独裁者などが入り込む余地はありません」
怒鳴りつけるように言って議長が睨む。近くのテーブルに座っていた人がこちらに注目していた。
「そうですかねえ……」
はぐらかすような口調の藤堂さん。
「なに!」
議長の態度はケンカ腰に移行している。
「人間という者は弱い生き物なんですよ。戦争とか経済とかの嫌なことを全て引き受けると言えば、民主国家の民衆として手放してはいけない権利もホイホイと渡してくれるでしょう」
それに対して議長は口を結んで反論しない。
「人間は弱い……誰かに頼り、誰かに責任を押しつけたいと常に思っているんです。だから、選挙によって合法的に独裁者になれる可能性がある。共和制は君主制の萌芽を内包しているんですよ」
議長の表情が徐々に険しくなってきた。持っているボトルで藤堂さんの頭を殴りかねないぞ……。この場は、なんとか俺がごまかさないと。
「よーし! 俺は選挙で独裁者になるぞー。そして、王政復古して佐藤王国の誕生だー!」
立ち上がって俺は、ウルトラマンの変身ポーズのようにワイングラスを高く掲げた。
会場は誰も存在していないかのように静かになる。アレックス議長をはじめ、文官の皆が好意的ではない視線を俺に突き刺していた。
……あれぇ、ギャグを外してしまったかな。ここは笑う所なんだけど……。