第160話、甘ちゃん
やつらから注意を外したのがマズかった。
急に視界が暗くなって目に激しい痛みが走る。
「うわぁ!」
俺は目に手を当てた。やつらは砂を投げつけてきたのだ。
「チクショウ!」
野田も目潰しを受けたよう。
「よし、ワイスマン! こいつらを斬り殺せ」
オズワルドの声だ。俺の背中に戦慄が走る。
「いえ、ダメです。ニホン人は特殊な武器を持っている。今は逃げる選択肢しかありません」
そう言った側近らしき男が近くにいた馬を呼び、乗って走り去っていく音が聞こえた。
ようやく視力を回復し、涙でぐちゃぐちゃになった目を開けると周りには誰もいない。
「あのロリコン野郎! 股間にぶち込んでおけば良かったぁ!」
タオルで目をこすりながら野田が叫ぶ。
「戦場で情けは禁物だよな……」
まだまだ俺達は平和ボケした甘ちゃんだったのだ。
*
俺達は陣地に戻った。
テントに引きこもり、俺はユーチューブで子犬が戯れる姿をボケーッと見ていた。
スマホでアニメを見ていた野田が話しかけてきた。
「あのオズワルドの件はどうするよ……」
「うーん……」
どうしようかな。藤堂さんに報告すると怒られそうだな。
「まあ、黙っておこうぜ。言っても仕方ないだろう」
そう答えると野田はうなずく。
敵の司令官を逃がしてしまったと知られたら、もしかしたらカマリア軍の軍法会議に掛けられるかもしれない。ここは口を閉ざすのが上策というもの。
「でも、今度会ったら迷わず股間にショットガンだ」
野田がキッパリと言う。
「ああ、顔面にショットガンだ」
俺も胸に刻み込む。
次は情けをかけない。問答無用で攻撃だ。
夕闇の中、榎本軍師の攻撃隊が帰還した。
指揮車から降りてくる榎本さん。
「お疲れさまです。榎本さん」
俺が声を掛けると、彼はニコリと笑った。
「まあ、今回は楽勝でしたね。佐藤司令官が提案した作戦のおかげです」
「いやあ……」
照れくさくなって頭をかく。
「それで帝国軍はどうなったんですか」
野田が顛末を確認する。
「帝国軍は散り散りになって逃走していきました。帝国に逃げていったのでしょう」
「殲滅しなかったんですか?」
榎本さんは首を振った。
「今回の戦術目的は帝国軍を撃退することで、一兵残らず全滅させることではありません。欲をかくと手痛い反撃に合うかもしれませんので……」
そう答えた榎本軍師の顔は、物足りなかったという表情。もっと戦いたかったのかな、戦争人間達は。
「まあ、とにかく我々の勝利です。共和国の首都に凱旋しましょう」
榎本軍師の指示で、陣地の部隊は帰り支度を始めた。
念のために陣地には千名を残し、後は全て撤収する。俺と野田もジムニーに乗って帰途についた。