第16話、異世界転送
「じゃあ、準備はできたわね」
運転席の香奈恵が後部座席の榎本さんに言った。
皆は一度、家に帰って着替えとかをリュックに詰め込み、また戻ってきたのだ。
松屋で買った弁当を食べてから、俺と香奈恵、榎本さんが軽自動車に乗り込む。野田は必要な物を調達するバックアップとして実家に残ることになった。
ルームランプに照らされた車内、俺達はシートベルトを締めて、異世界に転送する用意が整う。
「それでは転送するぞ」
俺は目をつむって異世界のことを思い浮かべる。
窮地に陥っている王国と碧眼のキャサリン姫を救わなければ。まるで神が造形を考えたような美女。上手くいけば嫁さんになってもらえるかもしれない……。
助手席に座っている俺からは、薄暗い中に野田が見送る姿が見える。その、フロントガラス越しに見える野田の姿がグニャリとゆがむ。直後、視界は真っ暗になった。
*
暗闇を脱した後に視界に入ってきてのはトルディア王国の城壁だった。
「マジで異世界に来たんですね……」
後ろから榎本さんの声。少し興奮しているのは無理もない。
「それだけじゃないですよ。自分の姿を見て下さい」
俺が榎本さんに言うと、小さな悲鳴をあげた。彼も若返っていたのだ。
榎本さんは中学生くらいの少年に変わっていた。まだ、あどけなさを残している感じで、ちょっと可愛いな。
「細かい説明は後よ。とりあえず城の中に入っちゃいましょ」
前方には城門があり、かがり火に照らされた門番の兵達が見える。
香奈恵はエンジンを掛けて軽自動車を門の方に走らせた。
城門に近づくと兵士達が槍を持って車を制止する。彼らの顔はこわばって青ざめていた。まあ、生まれて初めて自動車という物を目にしたのだから仕方ないか。
「あたし達は勇者でーす! 知ってますよね」
香奈恵が窓から顔を出し笑顔で挨拶した。
門番達は顔を見合わせると、横に下がって道を空けてくれた。
車は中庭に入り、入り口の近くでクラクションを鳴らす。
すると革の鎧を着た兵士や黒いローブを着た文官と思われる人達が飛び出してきた。
「俺達は召喚された勇者です。王様に謁見させていただきたい」
俺がウィンドウを開けて依頼するとローブを着た老人は、了解しましたと言って城の中に入っていく。
しばらくして、ウォルターが出てきた。金髪のウェーブがフワリと舞う。
「勇者殿。どうぞお入り下さい。いきなり消えてしまったので心配していたのですよ」
香奈恵がドアを開けて外に出た。
「ああ、いえ、ごめんなさいね。ちょっと準備が必要だったのよ」
ウォルターを相手にするときの香奈恵は別人のよう。アイドル声優のように甘い声を出す。
俺達三人は美形の剣士に案内されて会議室に通された。
長いテーブルの先には王様が座り、その横には光り輝いているようなキャサリン姫と、軍服を着た偉そうなオヤジが並んで座っていた。