第159話、窮鳥懐に入れば
砂ぼこりで汚れた高級士官の軍服。
その二人は地面に腰を付けている状態で、両手を挙げている。青ざめた顔は震えているようだ。
「野田、こいつが帝国の司令官だぜ」
銃口で平凡な顔を指し示す。この野郎は自分の部隊を捨てて逃げ出してきたのかよ。
さっきの戦いで、いきなり統率がガタガタになって組織的な抵抗がなくなったけど、それは司令官のトンズラが原因だったか。
「こいつがロリコン野郎か! 思っていたよりも普通だな」
野田がショットガンをオズワルドに向けた。
威張りくさっていた平凡な顔が非凡な顔になるほどグニャリとゆがむ。
本当に戦場で会うとは思わなかった。これは、神様がオズワルドを虐殺してやれと言っているのかな。
「佐藤。じゃあ、やってやるか」
野田の顔にふてぶてしい笑いが浮かぶ。こいつも人殺しに慣れてきているよう。
「そうだな……」
計画では、まず、野田が股間にショットガンを撃ち込んで、オズワルドが苦しんで転げ回るのを大笑いしながら見物した後、俺が顔面を吹き飛ばしてトドメを刺すという順番だった。
しかし、いざとなると鬼になりきれずに躊躇してしまう。野田もすぐに撃つことができないでいる。
随行の士官がオズワルドの前に出た。
「お願いします、私達を見逃してください。あなた達はニホン人でしょう、魔界から来たモノにとって我らの世界は無関係のはず。せめて、どうか司令官だけの命だけは助けてやってください」
そう言って地面に額を付けた。オズワルドも同じく土下座状態。
この若い男は人間ができている。自分よりも上官の命乞いをするんだ。忠臣っていうやつだな……。
「頼む! 俺を助けてくれ。見逃してくれたら何でも欲しいものをやる」
俺を見るオズワルドの目は泣きそう。
さっきまでは有利な状況に優越感を感じていたが、なんだか今は可哀想になってきた。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず……か。
例えば、車で林道を走っているとする。ふと、道ばたに捨ててある段ボールに気がつき、車を止めて近づいてみると、フタをとめてあるガムテープが少し剥がれて、そこから子猫の顔が見えた。
俺に気がついてニャーニャーと保護欲をかき立てるような声で鳴く三毛猫。俺んちはアパートだから飼うことができないよな、と思って段ボールに背を向ける。そして、車に乗り込もうとすると猫が飛び出してきて俺のジーンズにすがりつき、カシカシと爪を立てて必死に上ってきた。
そのような状態で子猫を段ボールに押し込み、ガムテープでしっかりと封をする、ということができるだろうか。
どうするよ? と横目で野田に無言の問いかけ。
どうするかなあ……といった感じの視線を俺に返す。
俺達は、しばらくアイコンタクトのテレパシーで会話した。




