第154話、交渉
やべーな、普通は王子がご機嫌うかがいに来ることになっているのか。ここは敵のど真ん中、バレたら八つ裂きだよ。
俺は精神を集中して、転送の用意をする。
「はっ、王子はアマンダ共和国との戦いで負傷されましたので、王宮に戻っております……」
少しの間を置いて、藤堂さんが取り繕った。
「ふーん、そうか」
オズワルド司令官の態度は素っ気ない。やはり、カマリア軍は捨て石というポジションなのか。
「コリンズとやら」
「はっ」
生意気な言い方のオズワルドに藤堂さんが実直を装って返事をした。
「では、帝国軍司令官として命ずる。明日の早朝、アマンダ軍に攻撃を開始せよ。我らも後に続いて進撃する」
やはり、榎本軍師の予想したとおりだったな。
「はっ、それが……」
藤堂さんは困ったような声で答える。さすが情報担当、芝居が上手。
「どうしたのか」
「はっ、実は先日の戦いは苛烈を極めまして、当方は尋常ではない被害を受けました」
「ふむ……」
司令官は腕組みをして首を傾ける。
「アマンダ軍から二万人近い兵力で攻撃されて、我がカマリア軍は三割を失いましてございます」
「……それは大変だったな」
「何とか撃退しましたが負傷者も多く、戦闘態勢を整えるには数日が必要です。何とぞ猶予を願いまする」
そう言って藤堂さんは顔を上げて司令官の目を直視した。
相手は視線から逃げるように後ろを振り返って、参謀らしき男に視線を移す。
立っていた男は「仕方がないでしょう」と小さく言ってうなずいた。
「分かった……我が帝国軍は明日にでも出発し、明後日の朝から攻撃を開始する予定だ。そちらは我らの後に続いて、遅れることなく攻撃するのだぞ」
ふんぞり返っての命令。なんかムカつくよな、この野郎。俺と同じく平凡な顔をしているくせに。
「はっ、了解いたしました」
藤堂さんが額が床に付くくらいに頭を下げたので、俺も続く。よーし、これで交渉は上手くいったあ。平凡顔の司令官をだまくらかしてやったぜ。
テントの広間が静かになったので、帰っても良い頃合いかな。
「では、我らはこれで……」
「うむ」
藤堂さんと俺は立ち上がって一礼し、出口に向かう。
「ちょっと待て」
司令官の声に神経の温度が急激に低下。立ち止まった俺と藤堂さんは、ゆっくりと振り返った。
「お前達に伝えたいことがある」
平凡顔が少し身を乗り出す。
「はっ、なんでございましょう?」
「この戦いに勝利したら、私とカマリア王国のビアンカ姫は婚約することにした」
突然のことに、俺達は何も言えず顔を見合わせた。