第146話、密約
すでに夕方になり、夕日が窓のカーテンを照らしている。
会議室の雰囲気は暗く、出口のない迷路に入り込んだような閉鎖的な気分が漂っていた。
「それで佐藤さん、俺達はどうすればいいんだよ」
そんな野太い声で言われてもなあ……まあ、重松さんは本気で聞いたわけではないだろうが。
榎本さんの方を向くと、まだ彼はテーブルの上を見つめている。
「そうですねえ……例えば、カマリアと密約を結ぶとか……」
「密約?」
ヒゲ面の重松さんが俺を注視している。
「ええ、カマリア王国は本気でアマンダと戦いたいわけじゃないんですよね。だから、あらかじめカマリアと結託して帝国のやつらをだましてやるんです」
榎本さんが視線をテーブルの上から俺に移す。彼にしか見えない精霊でもテーブルの上にいるのかと思うほど真剣に視線を固定させていたのだが、今度は俺の横顔をジッと見つめている。
「それで?」
重松さんが髭をつまみながら次を催促。
「ええ、まず、カマリアの本営を擬似的に攻撃して彼らには逃げてもらいます。もちろん戦闘は芝居で、戦いがあったんだという状況を残すためです。というのは、カマリアは帝国に人質を出しているし、もともと立場の弱い属国です。正面切ってキャンベル帝国に刃向かうことはできない。あくまでも、アマンダと必死に戦ったけど負けちゃったから仕方がないよね、という立場をとってもらうんです」
「なるほどな……」
重松さんは髭をつまんで引っ張っている。
「その後に、俺達七千人くらいがカマリア軍の振りをして帝国軍を本営で待つ。帝国がやってきたら、そこに使者を送り何とか言いくるめて先にアマンダ軍の陣地に向かわせるんです」
俺は一息つく。皆は人形のように無表情で次の言葉を待っているよう。
「そんでもって帝国がアマンダ軍の陣地を攻撃したら、カマリア軍(仮)の俺達が背後から襲って挟み撃ちですよ」
これで上手くいくと思うんだがなあ……、あれー、皆は黙り込んでいるよ。
しばらくして榎本さんが口を開く。
「うーん……、バレたらそこで終わりという、本当にきわどい作戦ですが成功しそうな気がしますね」
そう言ってウンウンと小さくうなずく。
「カマリア王国の方も犠牲を出さずに、同盟条約に基づいて戦争協力をしましたよという体裁を整えることができる」
藤堂さんが賛成の意を示した。
「やってみる価値はある……というか、他に考えつかないだろう」
と言って重松さんが榎本さんの方を向くと、軍師は強く首を縦に振った。
「そうですね、それで行きましょう」
俺の作戦に榎本さんが同意、ということは俺の意見が通ったということか。うれしいような不安なような。
「アハハハハ」
重松さんが俺を見て笑った。
「お金儲けが趣味の冴えないオッサンだと思っていたが、なかなか戦略眼があるじゃないか、ハハハハハ」
俺は喜んでいいのか悪いのか。
「じゃあ、カマリアの本営への使者は佐藤さんにやってもらおう」
藤堂さんがニヤニヤ笑っている。
「えっ」
俺が使者って、藤堂さんは何を言っているんだよ。