第145話、感情を排する
「やはり、榎本さんの言うとおりにカマリアを撃退してから、帝国軍と向き合った方がいいでしょう」
軍師の作戦を支持したのは角刈りの藤堂さんだ。
彼は探偵事務所の所長さんで浮気調査などの仕事をしているのだが、そっちは放り出していて良いのだろうか。
「だったら、トリックを使ってみたらどう?」
野田が提案した。珍しく今日は積極的だな。
「トリック?」
榎本さんが小首をかしげる。
「アマンダ軍の一万人をグルーッと回ってカマリアの後ろに行かせ、帝国軍の振りをするんですよ。で、カマリアが油断しているところを狙って前後から挟み撃ち、これで決まり!」
得意げな野田君だ。しかし、榎本さんは苦笑いしている。
「その作戦案にはいくつか問題がありますね。」
「ああ、そう……?」
ちょっと野田は不満そう。
「あと四日で帝国が襲来します。それまでに帝国軍の旗や軍服を用意するのは無理でしょう。赤壁の戦いで得た物もありますが、一万人分としては全く足りません。また、帝国軍として陣を作ったらカマリア軍の使者が帝国の本営に、ご機嫌を伺うためにやってくるはず。それをごまかすのは容易ではないと思う」
榎本さんが淡々と説明した。
ヒゲ面の重松さんが口を開く。
「カマリアとは貿易も盛んにやっていた。……ということは軍の中に知っている顔がいるかもしれん。それに少しタイミングを間違えると、後方からやってきた本物の帝国軍と挟み撃ちになる可能性もある」
「そうですか……」
野田が黙り込む。素人は作戦に首を突っ込まずに、言われたとおりにしておいたほうが良いよな。
「佐藤司令官はどう思っているんだよ」
「えっ」
急に重松さんが俺に聞いてきたので動揺した。
そうか、俺は司令官だったっけ。だがそれは、名前ばかりの最高指揮官で、やることは榎本さんの指示通りに動くだけなのだが。
「そうですねえ……」
今まで作戦は榎本さんに任せていたので、自分で考えるということをしてこなかった。だから、いきなり意見を聞かれてもなあ……。
「そうですねえ……。榎本さんの各個撃破作戦は不安なところがありますねえ……」
「えっ」
榎本さんが意外そうな顔で俺を見る。
「カマリアを壊滅させた後、陣地にこもって帝国に対するということでしたが、こちらの思惑通りに帝国が陣地を攻めるとは限らないんじゃないのかなあ……」
「というと?」
そう言う榎本さんだけでなく、皆が俺に注目しているんだが……。そんなに見るなよなあ。
「えーと、帝国軍は陣地を素通りしてアマンダ共和国の本国に侵攻するかもしれない。そんでもって戦力が空っぽになっている本国を占領した後に降伏させ、俺達が帰順するようにアレックス議長から命令させるという方法がある……と思うんですが」
会議室がシーンとしている。どうして、皆は俺の顔を見ているんだよう。
「アハハハハ!」
いきなり重松さんが大笑い。
「アハハハハ、確かにあり得る。それだと帝国軍に損害が出ないからな。戦わずに勝つってやつか……。佐藤さん、あんたも大したものだ。お金儲けしか能がないと思っていたが、立派な参謀殿だ」
なんだよ、皆は俺のことを今までどう思っていたんだ。そりゃあ、ずっとマネーを稼ぐことばかり考えてきたけどさあ。
「確かにそうですね」
と、テーブルの上で腕組みをしている榎本さん。
「全軍でアマンダに行くと見せかけて森などで待ち伏せし、慌てて追いかけてきた私達を攻撃するという方法も考えられます……」
榎本さんはテーブルの一点を見つめて考え込んだ。
自分の作戦に逆らうような意見が出ても平然と受け止める。榎本さんはコンピュータのように感情を排して冷静だ。