第143話、軍師着任
車は小高い丘を登っていく。
その丘に前線基地を設置してある。そこを補給基地としてカマリア王国軍に進撃するつもりだった。しかし、帝国が援軍として迫ってきてるので防衛のための柵が急いで作られている。
頂上付近に到着すると、大勢の兵が作業していた。
茂みの中にプレハブの指揮所が建てられている。その前に車を停めると、近くの兵達が作業の手を止めて直立した。
榎本さんは金色マントを羽織ってから車を降りる。
少し西に傾いた太陽。その陽光を浴びて金色マントが輝くと兵の全員が敬礼をした。
榎本さんが軽く片手をあげる。すると群衆からどよめきが起こった。
赤壁の戦いで帝国を退けた実績。グラン将軍が不在の今、不安なときに最も頼りになる人物が現れたのだ。兵達の胸の内は安心と歓喜で渦巻いているよう。
指揮所の中に入るとジョンソン連隊長がテーブルに着いていた。
「軍師殿、ご着任ありがとうございます」
立ち上がって敬礼をする連隊長。
彼は前から癖のある赤い髪だったが、やけに乱れている。心労のためか表情が硬かった。
「ご苦労様」
榎本さんは軽く答礼して中央のイスに座った。
一休みする暇もなく作戦会議か。
会議の他のメンバーは俺と野田、それに重松さんと藤堂さんだ。
「では、現状を説明します」
そう言ってジョンソン連隊長がホワイトボードに近寄る。それには手書きで大まかな地図が描いてあった。
「この前線基地の三キロメートル先にカマリア王国軍の本営があります」
細い棒で指し示す。
「そして、帝国軍がこちらに向かっており、早ければ四日後には戦場に着くでしょう」
ジョンソン連隊長の声が緊張していることが分かる。こちらは一万七千人で敵の総数は三万以上だ。さらに上官が倒れて、全ての重荷が彼に乗っかっているのだ。ケツをまくって逃げ出したいというのが本心だったろうな。
榎本さんは腕を組み、「うーん」と言って目をつむった。
プレハブの指揮所は広かった。
現在、作戦会議が行われている部屋は八畳くらいだろうか。隣には榎本軍師の執務室がある。その部屋にはトイレとシャワーも付いていて、電動で水を屋根のタンクに上げるようだ。屋根には太陽電池が敷き詰められ、部屋の隅にあるバッテリーに充電しているのだろう。
赤壁の戦いのときよりも快適なシステムになっているのは、榎本さん達が日本に帰ったときに野営の作戦室について研究して、部材などを準備していたとしか思えない。
俺達が参戦すると決まったら、すぐに荷物が野田の実家に届いたので、俺が転送したのだ。ミッキー老人の家からはウニモグで物資を輸送して、たちまち前線基地が完成してしまった。