第141話、後悔するということ
「帝国はカマリア王国の手前まで進行していて、すぐに王国軍の一万人と合流するでしょう」
榎本さんの声はしっかりしている。軍師モードが発動したのか。
「帝国が戦争を仕掛けるときには必ず宣戦布告するはずだったのでは?」
けっこう、帝国は律儀なんだよな。
「帝国はカマリアと同盟条約を結んでいます。カマリアが宣戦布告をして、その助力としての参戦だからでしょう」
まあ、建前はそういうことか。だが、実際には帝国とアマンダ共和国との戦争だ。
「ちょっと、すまない」
榎本さんの後ろからアレックス議長の声。
「佐藤さん、頼む! 共和国の危機なのだ!」
議長がスマホを奪い取ったらしい。
「帝国は二万以上もの兵力で進撃してきた。カマリア王国と合わせれば三万人以上にもなる。こちらの一万七千では太刀打ちできないのだよ。ぜひ、榎本軍師殿と一緒に指揮を執って欲しいのだ」
悲痛な声だった。いつもは沈着な議長が取り乱している。常に整髪料できちんと整えられた髪も乱れていることだろう。
「グラン将軍はなんと言っているんです?」
でかい口を叩いていたデブの男はどうしたのだ。
「あ、いや……その……彼は帝国軍が参戦した報を聞くと熱を出して寝込んでしまったのだ……」
やれやれ……あのコメディアンはホント笑わせてくれるぜ。
「とにかく、頼む! こちらに来て私を助けてくれ」
語尾は泣きそうなトーンだった。
「ちょっと考えさせてください」
俺は一方的に通信を切った。いきなり戦闘協力とか言われてもなあ……。
戦えば傷つくこともあるし、運が悪ければ死ぬこともある。
戦闘は疲れるし怖いし、人間を殺すという罪悪感からは免れない。それなのに、俺はどうして戦争に参加するのだろうか。
それは……お金のためだ。
お金が欲しい。日本で贅沢バンザイだぜ。お金が欲しくない人間などこの世にいない。お金があれば自由が手に入る。やりたくない仕事をする必要もないし、やりたいことが出来るようになる。お金を十分に持っていることにより、人生の選択肢が増えるのだ。
しかし、お金で人殺しをするというのは人間として最低な行為じゃないのか。
だがしかし、戦争というものは基本的に政治の暴力的解決手段だ。国家間で戦争が起きるというのは経済的な要因が大きい。お金のために戦争が起きると言っても過言ではないのだ。
俺はどうすれば良いのだろう……。
断っても戦っても後悔するような気がする。
戦うのは怖いし、日本で遊んでいるのも面倒に思えてきている。
……ならば、戦うべきだろう。やらずに後悔するよりは、やって後悔した方が良い。やっておけば、老人になってから、あのときにやっておけば良かったと後悔しなくて済むだろう。体力が衰えて何もできなくなってから何もしてこなかったことに気がつく、それは悲惨な瞬間。
俺はやらなければならない。
決心した。命を賭けて戦うことが後悔しない俺の人生なのだ。
スマホに指を押し当てて指紋認証により画面を開く。
それに、戦わないとコパルによって馬人間に変身させられるかもしれないからな。
「見世物になるよりはマシか……」
苦笑いと共につぶやいて、アドレスを開いて榎本さんの宛先をタップした。




