第138話、商売
すごすごとミッキー老人宅に帰り、俺達は客間に集まった。
老人が住んでいる本宅の隣にある別邸で、赤壁の戦いのときは作戦本部として活用していた三階建。俺達はその建物を丸々貸してもらっている。
広いテーブルに五人が着く。アズベルはどこかに行っているようだ。
「これからどうします?」
俺が聞くと榎本さんは、ため息をついて床に置いてあるショルダーバッグの中を覗く。たぶん、軍師の紋章である金色マントが入っているんだろう。今まで気分は戦争モードだったが、グラン将軍により冷水を浴びせられて萎縮しているよう。
「しばらく俺は滞在して様子を見るさ。戦闘がどういうふうに行われるか経過を確認したいからな」
そう言って重松さんはカップのコーヒーをグイッと飲む。
コーヒーはルーシーさんが用意してくれたインスタントだ。関羽もどきはブラックで飲んでいる。あご髭が邪魔にならないのだろうか。
「そうですね……」
榎本さんはチビチビとコーヒーをすすっている。
これから行われる戦闘に未練があって日本に帰ることができないのか。生まれながらにして軍師である榎本さんは、戦争と聞くと心が騒いで仕方がないのだろう。
「佐藤さんはどうするんだ?」
藤堂さんが聞いてきた。
「えーと……俺と野田は、こちらで商売をしたいと思っています」
「商売?」
「ええ、ノートやボールペンなどの筆記用具、それに多くの生活用品などを日本から持ってきたので、議会に売ろうかと思って」
「はあーん……」
藤堂さんはイスの背もたれに寄りかかって、少しあきれたように俺を見る。
「この世界には使いやすい筆記具がないので、会議の時にはボールペンなどの事務用品が重宝すると思うんですよ」
それに異世界にはプラスチック製品というものが存在しない。百円ストアーで仕入れてきた多量の生活用品は高く売れると考えられる。
「佐藤さんは相変わらずお金儲けが好きだなあ。そんなことばかりやっていていいのかあ? 王様にならないと馬に変身させられるんだろ」
重松さんがニヤついている。
それを言われると胸が重くなる。思考が人間のままで体が馬になったら耐えられないだろうな。それとも、ケンタウロスのようになってしまうのかな。
「戦争と経済は一体でしょ? 戦いによって国を穫っても、その後に経済がうまくいかなければ玉座を維持できない。失策のために民衆が飢えれば革命が起こって王制がひっくり返り……」
そして、王様はギロチンに掛けられるという言葉は少し怖くて出てこない。
とにかく、お金は国家にとって重要だと俺は思うんだが。
「ところで、どうして帝国軍は性懲りもなく共和国に向かってくるんだろうな」
野田がボンヤリとした顔でつぶやく。
「そうですね、たぶん……」
榎本さんが口を開いた。
「戦略よりもプライドの問題ではないかと私は思うんですよ」
「プライドですか……」
野田は興味なさそう。
「戦争には莫大な費用がかかる。さらに、負ければ敗戦処理の経費が上乗せされる。腹が減っては戦ができない。お金がなければ戦争はできないのですよ。それなのに宣戦布告するのは、キャンベル帝国という大国がアマンダ共和国という小国に敗北したということが許せない、帝国の沽券に関わるからでしょう」
榎本さんが腕組みをして説明した。
「本当は帝国単体で共和国を占領したかったのだろうが、赤壁において大敗したので今度は従属国であるカマリア王国を巻き込んで攻略しようということさ」
と、髭をなでながら重松さん。
やれやれ……と俺は思う。
戦争だけが手段なのだろうか……。共和制を認め、自治権を与えるという条件でカマリア王国のような従属国にしてしまえばいいと思うのだが。どうして、殺し合いをしないと気が済まないのだろうか。
一度、戦争という手段を用いてしまうと、そこから逃れられなくなるのだろう。軍事から一歩離れたシビリアンコントロールが重要なんだよな。